
(メイヤーが歩いてくる足音)

サイレンス、大丈夫?

大丈夫。

それよりどうしてこっちに?

ずっとここにいて出てこなかったからさ、様子を見に来たんだよ。

えっ、その酒瓶って……もしかしてお酒飲んだの?

ちょっとね。

ミュルジス主任は?

外で待ってるよ。

どこまで話したの?

アンソニーがカフカに協力を仰いだことと、あと彼女から所長とサリアの話かな。

そう。

私が代わりに話そうか?

いや、今はいいよ。

サイレンスなんか悲しそうだよ、さっきミュルジス主任になんか言われた?

ううん……でもちょっとね。

なんて言うか……言葉で言い表せられないけど。

今思考がぐちゃぐちゃで、後悔もしている、なんだか自分に反したことをしたみたいな感覚に陥ってるんだ。

それって脱獄のこと?

うん。

……君に謝らなくちゃね、メイヤー。

どうして?

君を巻き込むべきじゃなかったからだよ、私怖がりだから、我慢できずにこのことを君に伝えてしまった、君にも一緒に背負わせたくて。

なーんだ、それなら全然気にしてないよ。むしろサイレンスに信頼されて嬉しい。

それに私がしたことなんてあなたのクルビア漫遊に付き合っただけなんだしさ。

……実は、まだあなたには教えていないことがあるんだ。

なにかな?

あの事件の後ろには、ハイドブラザーズのバックには、エネルギー課が関わっていたんだ。

え?エネルギー課が!?

君たち技術部とエネルギー課の関係は密接なものだから、どうやって君に伝えればいいかずっと悩んでて。

そうだったんだ……うーん、でもまあ大丈夫だよ、ウチらの部は確かに事務上ではエネルギー課と密接な関係にあるけど、私個人的にはそんなにエネルギー課のことは好きでも嫌いでもないからさ。

むしろエネルギー課の主任が怖いっていうか……

エネルギー課の主任、どういう人なの?

うーん、そんなに会ったことはないんだけど、よくウチらの様子を見に来たり、会議を聞きに来たりするんだよ。

話し方からめっちゃ頭良くてめっちゃすごい人なのは分かるんだけど、でもなんかねぇ……

なんて言えばいいんだろ、彼が気にしているのは私たちのモノで何ができるかとか、何を替えられるかって言えばいいかな。

なるほど……

それに、サリアが過失で辞職したあと、ウチらの部とエネルギー課の関係がさらに緊密になった感じがするんだよね。

時折ウチらに変な仕事が降ってくるんだよ、おかげで自分のやりたいこともできなくなっちゃったよ。

だから機会を窺って外勤でロドスにやってきたってわけ。

まあクロージャもあれはあれで変な人だけど、ロドスでの仕事は結構楽しいよ。

そう……

とにかくそんなに気に留めなくてもいいんだよ、サイレンス。それに、サイレンスは正しいことをしたって私は思うよ、そうでしょ?

正しいこと……


君が提供してくれたこれらの情報と分析結果は非常に価値がある、君の意見も重視せざるを得ない、オペレーター・サイレンス。

では……

だがまず、これらの情報は明らかにライン生命内部のものだろ。勝手に内部情報を他者に漏洩する者は、信用に置けん。

しかし、君の日常における勤務態度からして、君はそんな不謹慎な人ではないと信じている、だからこれらを渡した経緯を説明してほしい。

これらは私個人で捜査収集して分析してきた情報です、ライン生命とは直接的な関係はありません。

なら君が発見したこれらは、君たちの内部で処理するべきではないのか、ロドスがその間に立って仲裁するわけにはいかないからな。

……いいえ、ロドスが仲裁してくれることは期待していません。

私はただこの人を助けたいんです、だからあなたの意見を伺いたい。

なぜ私なんだ?それと、なぜロドスなんだ?

今の私は、ライン生命より、ロドスのほうを信用していますので。

君はライン生命の何を疑っているのかな?

分かりません、自分が何を疑っているのかすらも。

ただ私はここで働いてもうしばらく経ちます、この目でロドスが何をやっているのかを見てきました、だから少なくともロドスの実態は把握しているつもりです。

見たものが真実とは限らないぞ、オペレーター・サイレンス。

もしくは、君はまだ目にしていないだけなのかもな、だが君の情報を見るに、このアンソニーというフェリーンは彼の父親の手はずで州を跨いだあとにすぐさま逮捕された可能性が極めて高い。

十中八九彼らが作り出した盤面だろう。

しかしアンソニーは今でも釈放されていません、もうあそこに六年も閉じ込められているんです、もしくは一生あそこという可能性もあります。

君はなぜ自分と無関係なこの人に固執しているんだ?

私がずっと捧げてきたライン生命は、一体どういう企業なのかを、見極めたいからです。

……

失望するかもしれないぞ。

それでも何も知らないよりかはマシです。

……いい説得力だ、オペレーター・サイレンス。

ロドスが表立って君を支援するわけにはいかないが、私個人としての立場であれば君への意見提供もできなくもない。

どうか最後まで君の信念を貫いてくれたまえ。

信念というのは?

自分は正しいことをしてるんだという信念だ。


でもそれも今ではあやふやになってしまった、これは本当に正しいことなの?

え、どうして?

私怖いの、メイヤー。

なにが?

今までずっと、すべての問題は自分が努力すれば、いつかは解答できるって、思ってた。

でも今回ばかりは、私は解答できない問題に頭を突っ込んでしまったようで怖いの。

それは解けないから?

解けないからじゃない、解きたくないからだよ。

メイヤー、私とカフカはどうやって知り合ったのか、本人から教えられなかった?

ん?忘れちゃったの?ミーナとの会話で言ってたよ。

(カフカが駆け寄ってくる足音)

ミーナ。

はい。

ふぅ、やっと君と話せる機会ができたよ。成果はどんな感じ?

カフカさんの指示通り、この間こっそりこの刑務所の構造を調べてきました、今はほとんど把握済みです。

ここの刑務所の収監者たちは見た通りゆるゆるですけど、構造はかなり厳重に作られています、脱出するにはかなり困難かと……

大丈夫大丈夫、きっとなんとかなるよ。

それより、そちらのほうの進捗はどうですか?

アンソニーとは接触できたよ、もとから脱獄する意向はあったみたい、だからプランA通り、カフカたちは彼の脱獄への協力ね。

これから医務室を秘密基地にから、あそこにいるドゥーマ先生には君のことを話しておいたから、直接そこに行ってみるといいよ。

そうですか……

どしたの、君の大好きなデカブツに会えるというのに、落ち込んだ顔なんかしちゃって。

いえ、遠目で彼のことを見たんですが、今のデカブツさんが昔私たち一家を助けた時と比べてすっかり変わってしまったように見えたので。

そうなんだ、昔はどうだったの?

昔の彼は、もっとこう、うーん……かっこよかった?

なにそれ。

彼が私たち家族を助けてくれたことを知ってから、こっそり彼の様子を見に行ったことがあるんです、あの時の彼は今よりもっと朗らかでした。

それってどんな感じなの、めっちゃド派手に着飾っていたとか、それともボディーガードを十数人連れていたぼんぼんだったとか?

いえいえ……うーん……でもちょっとそんな感じだったかも、私もどう言えばいいかわからなくて……

じゃあきっとぼんぼんだったんだよ。

とにかく今の彼は、すごく寡黙で、あまり表情も動かさない感じになっちゃったんです、なんだかちょっと悲しくなっちゃいました……

そりゃここにぶち込まれて六年も経ったらねぇ、いくら朗らかな人でもああなっちゃうって。

それもそうですね……

だから私たちで彼を脱出させれば、きっと元の調子に戻るよ。

多分だけどね、でも、ぼんぼんに戻ったら戻ったでそれも良くない気がする!

私はそれでいいと思いますけど。

そっかそっか、まったく君のことはチンプンカンプンだよ。

それを言うんだったら、私だってカフカさんのことチンプンカンプンです、あなたは自分の友だちの依頼でアンソニーを助けに来たって言ってましたけど、どうしてそのサイレンスって友だちのためにここまでするんですか?

……サイレンスはいいヤツだからだよ。

その心は?

うーん……カフカとサイレンスは彼女が外勤のときに知り合ったんだ。

カフカはね、あんまり日の目に出ちゃいけない手段でやりくりしてたんだけど、その時ちょうど彼女とばったり会ってね。

あの時の騒ぎも結構なもんだった上に、あとちょっとで彼女のせいで商売が台無しになるところだったんだよ。

でも結果良ければすべてよし、それに彼女とも知り得た、雨降って地固まるって言うじゃん。

その後、しょっちゅうカフカに仕事を紹介してくれてね、なんかカフカにもっとまともな生活を過ごしてほしいって感じだったんだ。

なんだかいい人そうですね。

そりゃもちろん、でもサイレンスってこの大地を甘く思ってる節が多々あるんだよね。

実際彼女の思い通りにはいかないこともたくさんあるにも関わらずにさ。

ただサイレンスってちょっと幼稚なところはあるけど、でもすっごく賢いし、固執もしない、ずっとそうでいてほしいし、彼女と友だちになったのもそのおかげ。

カフカは友だちはたくさんいるけど、サイレンスみたいな友だちは彼女だけだから、大切にしたんだよ。

だから彼女のために刑務所に入ったんですか?

あ、それはそれで違うよ。

一つは前々からこの刑務所の噂を聞いて、興味があったから。

もう一つは、今回のサイレンスが今までとちょっと違ってたから。

あなたを送り込んで他人を脱獄させることですか?

うん。それと自分の代わりある企業の情報を集めてほしいってお願いされてね、昔のサイレンスの性格だと、こんなことをするところなんて想像すらできなかったよ。

うーん……彼女の身に何かが起こったんでしょうか?

さあね……彼女がクルビアを出てロドスとかいう会社に入ってから、一回も会ってないからね、手紙で連絡はしてるけど。

クルビアを出た理由も説明されてないし……でも、きっとなんかあったんでしょ。

とにかく、今回のサイレンスは何が何でもやるつもりだったから、カフカも手伝ってあげようと思ったわけ。

……カフカさん、もしかして、あなたっていい人なのでは?

え、まさかカフカを悪いヤツって思ってたの?

私を脅して一緒に刑務所に入れられたことはまだ覚えていますからね……

アハハ、急に知らないヤツに一緒に刑務所に入りませんかって言われたやつでしょ、でもどんなこと言ってもこいつ頭大丈夫かって思われちゃうじゃん、だから何かしらの方法を採らざるを得なかったんだよ。

はぁ、過ぎたことです、もうどうだっていいです。

にしし、でも、これについてカフカは善悪で判断できることとは思えないね。

君はリスクを冒してまでかつて自分一家を助けてくれたアンソニーを助け出そうとしてるけど、やってることは脱獄だからね。

友だちのためにすることは絶対的な善って言うんだったら、カフカの友だちはきっとメンツを気にする連中よりいい人のほうが多いかもしれない。

でも悪いことをしてる人がいくら正しい信念を抱いていたからって、そいつがいいヤツとは言えないじゃん?

むぅ……確かにそうですね。

だったら最初から自分は悪いヤツなんだって認めたほうが気が楽だよ。
(看守が歩いていくる足音)

……

ヤバッ、看守が来た、そろそろ手を動かさないと、じゃあまた医務室で。

君もさっさとここから離れたほうがいいよ、もしかしたらこいつらまーたおっぱじめるかもしれないからさ。

はい、カフカさんも、どうかお気をつけて。
