
つまり、カフカと知り合ったことがマズかったの?

いや、カフカと知り合ったことがマズかったんじゃない。むしろ……

カフカと知り合ったあと、彼女には普通の生活を送ってほしいとずっと思ってた、もうあんな日の目を見ない仕暮らしはしてほしくなかったんだ。

私は彼女に私でも紹介できる仕事を紹介した、できればライン生命のメンバーにもなってほしかったんだ、結局は失敗しちゃったけど。

でもどうであれば、彼女に普通の生活を送ってほしい想いは変わらないよ、普通に過ごせればそれでいい。この普通は、私のライン生命での生活を基準としてる普通だけどね。

そうだね……ライン生命での暮らしもそんなに悪くないもんね?

ただ前提として私たちは自分が何をやってるかが把握する必要がある。

でも研究者として、自分が何をやってるかなんてはっきりと把握できてるんじゃないの?

いや、研究の目的はそうだよ、でもその背後に潜んでいるものは把握できていないって言いたいんだ。

もし私たちの研究が成功すればどういう影響を与えるのか、私たちの成果は何に利用されるのか、はたまたそれは今の私たちが研究していいものなのかどうか。

「炎魔」のあと、企業内部で起こった一連の事件で私はそういう疑問を抱き始めた。

君や、もしくはほとんどの同僚と同じく、私も自分たちの研究は正しいと思ってるよ、私たちの向かってる先は理想的だってことも。

でも本当にそうなんだろうか?

特にイフリータの件で私はその疑問を抱き始めた。

そしてその疑問が私をライン生命から離し、ロドスに向かわせた。

サイレンスはずっとそれで悩んでいたんだね……

ロドスで過ごす時間、半分は研究分野に集中し、もう半分は、今まで気にもしなかったデータを注目するようになった。

あのデータは先生が私にくれたものなんだ、以前まではどうして一部企業と地方のデータを私に渡したのか理解できなかった、私も適当にそこら辺に置いておいた。

でもそのデータの分析と研究が進むにつれ、中には各種様々な問題が潜んでいたことが判明したんだ。

初めてその問題を発覚したその日は、一睡もできなかったよ。

それってアンソニーと関連するやつ?

ううん、アンソニー、あるいはサイモンコーポレーションの事件はその一部なだけだったよ、むしろほんの小さな一部でしかない。

それにほかにも色々と、ライン生命だけじゃない、クルビアでもたくさん事件が起こってる。

その時ようやく理解したよ、ライン生命という会社に、クルビアという国への理解があまりにも低いってことに。

それと悔しかった、イフリータに起こったことが、アンソニーに起こったことが普通で片付けられるのが悔しかった。

だからアンソニーの件に手を差しこんでやろうと思ったんだ。

でも、その一歩目が大きすぎたのかもしれない。

今の気分はあの日とまったく一緒、サリアが実験場から気を失ったイフリータを抱えてきた時、頭に冷水をぶっかけられたようなあの感覚。

あの時の実験で一体何が起こったの?

分からない。

え?

ずっと自分は何をしているのか理解していると思い込んでいた、でも今知ったよ、本当は何も理解していないんだって。

ただ理解できているのは、もう二度とイフリータにあんな扱いを受けさせるわけにはいかないってことだけ。

きっとこれは、私が唯一貫き通せられることなんだと思う。

……サイレンス、ちょっと飲み過ぎちゃったんだよ、酔い覚ましのお茶を持ってきてあげるね。

うん……

ごめんね、サイレンス、どうやって君を慰めてあげればいいのやら。

君が気負いする必要はないよ、メイヤー。

私が過去に対してあまりにも無知だったのがいけないんだ。

サイレンスはもう多すぎるぐらい色々知りすぎたと思うよ、ただみんなそれぞれ得意不得意があるだけだよ。

でもね、メイヤー、本当に悔しいんだ。

もし私がもっとたくさん知っていれば、もっと早く知っていれば、事態は今みたいにはならなかったかもしれないんだよ。

でも今からでも間に合うよ。

ミュルジス主任も君のことすごいって言ってくれてたよ。

じゃあ一言だけ言わせてもらうね、サイレンス。

言って。

今のサイレンスって私の同僚たちにすごく似てると思うんだ。

新しい知識を知ったあとに、彼らは自分が今まで学んできたものがちっとも役に立たないように思え始めちゃうんだ、そして自分はどうしてもっと早くこの学問に出会わなかったんだーって自暴自棄になる。

こういうのは違うって言いたいわけではないんだけど、でもそれだとあまりにも無意味だと思うな、過去に努力して得たものが無駄なものなわけある?新しいものが絶対いいものとは限らないじゃん?

もしそれが本当にいいものだったら、もし本当に役に立てそうなんだったら、昔みたいにまた頑張って習得すればいいだけの話じゃん、何も焦る必要なんてないんだよ。

ほらっ、このお茶飲んじゃって。

そうじゃなくて、これと学問はまったく別のものなんだけど……

でも、それもそうだね、確かにそうだ……

はぁ、もういいや、私が飲ませてあげる、まったく、サイレンスってばあんまりお酒飲めないんだから。

どう、ちょっとは気分良くなった?

ごくごく……ふぅ……

だいぶ良くなったよ、ありがとう、メイヤー。

もしまだ気分が悪いんだったら、このまま帰っちゃう?

……いや、まだその時じゃないよ。

まだミュルジス主任とお話するの?

うん。

さっすがサイレンス、気持ちの回復が早いね。

……まだ全快してないけどね。

私も本当ならすぐにここから逃げ出したい、すぐに帰りたいと思ってるよ。

でもめったにないチャンスだからね、それにいくら気分が悪くても、そのチャンスを最後まで逃すわけにはいかないよ。

さっき言ってくれた話だけど、今の問題の解決には直接つながらないかもしれない、でもある一点だけなら私も正しいと思ってるよ。

今の私にできることは昔みたいにその新しい「知識」を努力して学んで習得するだけ。

でも、それにもちょっとした準備が必要だね。