私は一体どうすれば……
オホン。
何か用ですか、看守さん?
あぁ、ロビンさん、ずっとお会いできるのを待ち望んでいましたよ。
さしずめ今は暗殺を継続するべきなのか、それともアンソニーの脱獄に協力するべきなのかで悩んでいるところなのでしょうね。
……あなたは一体!?
名前はジェストンだ、ロビンさん。
そう緊張しなさんな、私も君と同じ、刑務所に潜入してアンソニーの暗殺を請け負った殺し屋の一人さ。
それでたまたまアンソニーさんが君に一緒に脱獄しないかって誘い話をしたところを聞きましてね……
……!?
アンソニーさん、パットン隊長から怪我の具合を確かめに行けと言われまして。
……平気です、もう少しだけ待っててください、すぐ終わりますので。
はい、わかりました、ごゆっくり。
あなたはあの時の看守!?
おや、憶えていてくれましたか、それはよかった、結構人に忘れやすいたちでしてね。
忘れられてしまったのでしたら、それはそれで悲しいです。
ず、ずっと盗み聞きしてたの?
フフ、そりゃあ私が君たち気絶した囚人たちをあそこまで運んでやったんですからね。
アンソニーさんは自分の「安全部屋」で声のボリュームを下げていましたけど、それでも私みたいな用心深い人にとっちゃ、筒抜けなんですよ。
要求はなに?
トレードしましょう、ロビンさん。
トレード?
そうだ。
アンソニーさんのあの手口は、さすがに賞賛せざるを得ません。
表面上では君にオリーブの枝を渡した、だが実のところ君がそれを受取ろうが受け取るまいが、彼にとってはなんの損害もない。
実に見事だ、この私でもナンバーワンだと親指を立ててやりたいぐらいだね。
しかし惜しいのが、彼は君の正体を見抜けていない。
さもないと、また計画を練り直さなければいけませんからね。
私の正体?
そうだ、それとロビンさんも、君も自分とアンソニーさんの間にある、事実上に存在する確執を見抜けていない。
一体何の話?
ロビンさん、君の父親がまだ意気揚々としていた頃、その時に勤めていた会社の名前を憶えていますか?
ブラッククラウド。
そうです、ブラッククラウド貿易株式会社。
あんたの父親はそこの社長だった、だが事業が一番ピークを迎えているときに、ブラッククラウド貿易社は突如と倒産した。
その後、彼がいくら努力しようと、事業は好転することはなかった、それで一蹶不振してしまう、酒に溺れ、今日に至るまで、未だ病院のベッドで手術費用を待ちわびている。
……
ではブラッククラウド貿易社を倒産させたのは誰だかご存じですか?
まさか……
その通り、サイモン一族だ、そしてアンソニーさんの誇りに思っている苗字も、サイモンだ。
もちろん、私の誠意が本物であると証明するために、すべてお話しましょう。
簡潔に言うと、六年前、サイモン一族とハイドブラザーズはあるもののために競い合っていた。
双方ともに相手を呑み込もうとしていたんです、しかし両者ともに実力は互角、それで表や裏での争いが徐々に過激になっていき、ついには流血事件へと発展した。
そして最終的に、ハイドブラザーズがリードし、サイモン一族は尽く闇に葬られた。
サイモン一族の家長、スミス・サイモンはこの危機的状況下に、自分の唯一のせがれであるアンソニー・サイモンを別の都市に移すと決行した。
しかし、キャストアイアン市に逃げたあとでも、可哀そうなアンソニー君はやはり捕らえられてしまった。
だが幸運なことに、キャストアイアン市がある州の法律では、逃亡犯の裁判は本人がいる州で行われるとのことだった。
つまり、彼はトームペア市に送還されることはなかった、裁判後、彼は本州の法律に則り、この州の州立マンスフィールド刑務所に収監されたってわけだ。
本当は、スミスがこのことを予見していたため、あえてアンソニーをキャストアイアン市で逮捕させたと思っていたんだがね。
だが実際は、アンソニーはハイドブラザーズのシマであるトームペア市に戻らなかったから、何事もなかった。
それが私の父さんとなんの関係があるの?
もちろんあるとも。
さっきも言ったが、サイモン一族は当時のハイドブラザーズの競争相手だ、一手間違えたとはいえ、死ぬ直前でも相手に噛みつく力は彼らにはある。
そして彼らが噛む着く対象の中には、君の父親の会社――ブラッククラウド貿易社が入っていた。
当時、君の父親はハイドブラザーズの最も有力な部下の一人だった、その上ブラッククラウド貿易社の業績もいい。
だがサイモン一族が一夜にして蒸発したように、ブラッククラウド貿易社もサイモン一族の悪あがきのせいで、同じく一夜にして蒸発してしまった。
……
しかし、君の父親ももちろん再起しようと思っていた、だが彼の競争相手がそんな機会を逃すわけがはたしてあるのだろうかね?
答えは、ノーだ。
クルビアの市場は、時には戦場よりも血生臭くなりますからね。
そして、君の父親はその後、二度と立ち上がれることはなかった。
つまり、アンソニーさんが脱獄してハイドブラザーズに復讐することは、いたって普通のことなんです。
しかし君はどうなんですか、ロビンさん?
もしハイドブラザーズがサイモン一族を葬らなければ、サイモン一族も死に物狂いで君の父親の会社を潰すことはしなかった、と仮定することはできます。
また、もしサイモン一族が一足先にハイドブラザーズを潰していれば、あのスミス・サイモンはあのハイドブラザーズ以上に寛大な取り組みをしたはず。
より平和的な方法でハイドブラザーズ傘下の企業を処理してくれたでしょうね。
だが歴史にもしもはありません。
今の結末は――サイモン一族が君の父親のブラッククラウド貿易社を潰したって事実だけです。
そして君が暗殺する対象は、アンソニー・サイモン、あの一族の最後の生き残りだ。
それらを比較していいものとは思わない。
ええ、もちろんだとも、これが正義だとは言いませんよ、ロビンさん、こんなもの断じて正義などではありません。
もし悲劇は比較していいものなのであれば、アンソニーさんはハイドブラザーズに借りがある、だがそれ以上に君の借りのほうがよっぽど大きい。
だがだからとて君の復讐が彼の復讐より劣っているとでも?
あんたの苦しみが彼の苦しみに劣るとでも?
いいや、違う。
苦しみは平等だ。
君の父親が味わった悲しみを思い出してみてください、君にも彼を死に追いやる理由は十分ある、違いますか?
私は……
それと、もう一つ考えてみてみましょう、ロビンさん。
この事件によりリアリティを増すために。
サイモン一族はもうすでに滅んだ、仮にアンソニーさんが脱獄できたとしても、彼が君に報酬を与えたとしても、最終的に本当に復讐が成功できたとしても――
彼は君に何を与えてやれるというんですかね?
君に今急いで必要としている手術代をくれるのでしょうか?
君の父親を最先端の病室に移して治療させてくれるのでしょうか?
アンソニーさんはスミスのビジネスの才能を遺伝しているかもしれませんが、そんな短時間の間では彼とて叶えられません。
だが私なら、君が必要としているものを与えてあげられる。
よくよく考えて答えを出してくださいね、ロビンさん。
!
あなたは……
よくよく考えてくださいね、ロビンさん。
あなたは……私の雇い主!?
そう、私です。
君の経歴にはどうしても同情してしまう、だが君の性格も理解している、他人から情けをかけられたくない性格をね、生憎私も他人に情けをかけたくないもんでね。
だから君のためにトレードを用意したんだ。
……なんで私にそんなことを教えるの?
もちろん、最初は君と接触するつもりはなかった、ただアンソニーさんの一手でそうせざるを得なくなってしまってね。
もう一度褒めさせて頂きたい、ここで生活していると、私とてもう少しでアンソニーさんの気迫に折れてしまうところでしたよ。
それに君にこれらを教えなかったとしたら、君はそのチープな同情心のせいで頭が麻痺して彼を助けるほうを選ぶかもしれなかったからね。
仮に今日君を単純に騙したとしよう、アンソニーさんが君の父親の会社を潰したとね、でも君はおそらくそう遠くない未来で彼の話から真実の全貌を聞き出す可能がある。
ならその時になれば、私は邪悪で疎遠なヤツとして君の目に映ってしまうだろ?
だから君が知るべき真実をすべて教えて、君自身に選ばせてあげようと思ったわけだ。
君は過去のことを一旦置いておいて、このシンプルな選択を悩めばいい――
見返りもない同情心で彼の脱獄に協力するのか、それとも私が約束する利益のために俺私に協力するのか?
……
ロビンさん、それで考えてくれた?
……私も入る。