どうりでサイレンスさんのロビンが脱獄チームに加わってもそう簡単には終わらないって言った通りだ。
どうやら彼女はジェストンに言いくるめられて、スパイとしてアンソニー側についたんだね。
うん。
……この事件もここまで来ればもう驚くような出来事は起こらないと思っていたんだけどね。
ロビンにそんな経歴があっただなんて、私が見た資料にもそんなこと書かれていなかったよ。
それにそのジェストンって人、噂には聞いていたけど、まさか彼も殺し屋だったとはね……
彼を知ってるの?
うん。
彼はビーチパラソル社の用心棒のエースの一人なんだ、話によると金さえあれば何にでも動くって、今回の件においてのハイドブラザーズ最大の切り札でもある。
礼儀を弁えているって評判だけど、でもやっぱりあの人は相当感じが悪く思っちゃうところがあるんだよね。
普通の用心棒だと思っていたら、頭の中は良からぬものでいっぱいだ。
彼がハイドブラザーズの切り札だってことは前から知ってたけど、まさかあのタイミングで手を打ったとはね。
選ばせるように見せかけて、でも実のところまったく選ぶことができない。
ただ彼の言う通り、彼はアンソニーでも知り得なかったロビンの経歴を知っている。
しかも彼はアンソニーの知らぬ間に彼を長い間観察してきた、であれば主導権は確実に彼のほうにある。
もし私がそんな境遇に立たされてたら、選択の余地もなく、彼の側に立つね。
……そうだよね。
あれれ、てっきりサイレンスさんに反論されるのかと。
……私も彼の考えには賛同できないし、彼本人のことも好きじゃないから。
でもロビンをいいくるめた彼は、何度も何度も私を試したミュルジス主任よりかはよっぽど誠実だと思うけどね。
その完全に私を理解たような口ぶりは私の先生そっくりで嫌気がさすよ、ミュルジス主任。
ちょっと言い過ぎちゃったかな、謝るわ、ごめんなさい。
でも正直に言うとね、こんな私でも、つまらないヤツだとは思っているよ。
アンソニーとそんなもつれがあるロビンみたいな人なんて、わざわざ探さないと見つからないもの。
しかもあえて彼女を盤上に引きずり込むとはね……
まあいいや、兎にも角にも、今のところ、脱獄チームはこれでようやく結成した感じかな。
……うん。
お調子者の情報通に、腕っぷしの用心棒、刑務所内を自由に行き来できる臨時雇い人に、ずっとそこに居座っていた納棺師、それと優秀なリーダーか……
各方面から見てもかなり優秀なチームだね。
うん、総じて、脱獄の準備はその後、基本的に滞りない段階まで進んだよ。
その間に何か出来事は?
……暗殺以外は、なかったっぽい。
そうだった、忘れるところだったよ、暗殺はまだ続いていたんだよね?
うん、ただ看守たちも囚人たちを取り調べる以外に方法を思いつけなかった、それにその殺し屋たちも専らアンソニーだけを狙っていたから、最終的に、暗殺事件に対してはいっそのこと手を出さないようにしていた。
あはは、彼ららしいっちゃ彼ららしいね。
あ、ロビンのことで一つ思い出したんだけど。
なに?
ドゥーマも説得して一緒に脱獄しようとしたことだよ。
え、どういうこと?ドゥーマはチームの一員じゃなかったの?
あ、そうだったね、彼らは後から気付いたんだけど、ドゥーマは確かにアンソニーの脱獄には協力したけど、自分には脱獄する意思はなかったんだよ。
それはどうして?
彼女は一度もあの刑務所から出たことがなかったからだよ。
え?
そうよ、私はあなたちと一緒に出ることはできないわ。
どうして?この刑務所が好きとか?
いいえ、好きじゃないわ、ちっともね。
私はこの刑務所が一時期停泊していたときに先代の納棺師に拾われたの、物心がついた時から、私はここの刑務所で育ってきた。
看守たちの薄情さ、囚人たちの間の憎しみ、悪意、暴力、それと死。それ以外のものなんて、一度たりとも見たことがないわ。
たまに刑務所が停泊するときに外に出ることもあるけど、でもどうしても、私は外の人間じゃないって思えちゃうの。
外が……怖いから。
じゃあどうしてアンソニーの脱獄に協力するの?
アンソニーは私の唯一の友だちだからよ。
アンソニーが来てから、この大地にもこんな人がいるんだって、知ったわ。
彼だって人と殴り合いはするけど、弁えているわ。
怒ったりもするけど、その怒りを関係ない他者にぶつけることもない。
いつだって礼儀正しいし、誰にだって道理を弁えている。
私に面白い本をいつもおすすめしてくれたり、外がどんな世界なのかを教えてくれる。
彼が刑務所に来たばかりの時は、たまにだけど私に運命の不公平さへの不満を吐いてくれたわ、あの時からこの人を助けてあげようって考えが浮かび上がってきたの。
でも私には知識がないから、彼の助けにはなれない、だから何も言えなかった。
その後、彼はますます寡黙になっていったわ、ほかの人からはますます尊敬されるようになって、私は嬉しくなった反面、悲しくもなった。
彼から何かが消えたように思えたからよ。
それに、いつも思うの、彼はこんなところに収監されるべきじゃない、もっといい暮らしを過ごすべきだわって。
だから今回カフカさんが彼の知りたい情報を持ってきた時、彼にここから出たいと思わせた時は、私は心の内から喜んだわ。
彼の脱獄にほんの少しでも助けになれれば、私はそれで十分満足よ。
彼には教えないでね、私もそれなりの準備をしていることを、どこでどんなミスが起こっても、この命をかけてもそのミスを補ってみせることをね。
……そんなの間違ってるよ。
どうしたの、ロビンさん、顔色が悪いわよ。
大丈夫。
ただ、あなたは彼のためにそこまでできるんだって思っただけ。
うん。
でも、そんなの間違ってるよ。
確かに、外の生活は、あなたの刑務所内での生活よりよっぽど複雑だ。
それに全部いいこととも限らない、いや、悪いことのほうが多いって言った方がいいか。
でも、それだけで怖がって、引きこもってたら……あまりにも勿体ないよ。
あなたはアンソニーはこんな刑務所で過ごすべき人じゃないって言ったよね。
でも私は、あなたみたいな優しい人こそがこんな刑務所で一生を過ごすべきじゃないと思う。
あなたこそもっといい暮らしを過ごすべきだよ。
……そうなの?
私にはちょっと分からないかな。
それに、あなたがアンソニーをそう思ってるように、アンソニーもきっとあなたのことをそう思ってると思うよ。
彼もきっとあなたにもっといい暮らしを過ごしてほしいと思ってるはずだよ。
……
もう少し考えさせても、いいかしら?
もちろんだよ。