
よくもまあこんな大騒ぎを起こしてくれましたね、アンソニーさん。

私が事前に君たちの計画を察知していなければ、止めようがなかったでしょう。

お前がジェストンか?

ええ、その通りです。

何度かお会いしたこともあるのですが、もう一度自己紹介を。

私の名はジェストン・ミラー、君の脱獄計画に立ちはだかる最後の障壁です。

ドゥーマは?

ここに。

……

アンソニー、ごめんなさい。

医務室であなたたちを待っていたら、この人が突然囚人たちを連れて入り込んできて……

ドゥーマ……

これほど鬱蒼とした場所に、これほど麗しいお嬢さんを独りで待たせるのはいささかどうかと思いましてね?

ですから少しだけ彼女を保護させていただきました。

ジェストンさん……

おや、ロビンさん、どうやら失敗してしまったようですね、残念です。

それとも、暗殺を実行しなかったとか?

私は……

彼女は失敗した、お前の手下では相手にならん。

しかしあなたは彼女の一命を取り留めた、いやはや、真の紳士とはまさにあなたのことを指すのですね、アンソニーさん。

減らず口を。

まあいいでしょう、では単刀直入に。

アンソニーさん、こちらのお嬢さんを死なせたくなければ、こちら側に来てください。

……

おっとカフカさん、そこで動かずにジッとしててくださいね。

あなたはコソコソするのが得意だったはずですね、あまりドゥーマさんを傷つけさせることはしないで頂きたい。

チェッ。

……
(アンソニーが前に出る)

そう、そこでジッとしててください。

君たち、彼を囲め。
(囚人達がアンソニーを囲む)

アンソニー、彼の言うことに耳を傾けないで。

喋るな、ドゥーマ、必ず助け出す。

こんな危機的状況でまだ冷静でいられるとは、大したものですね、アンソニーさん。

こちらの思惑も、こちらが同情心を動かされて見逃すわけがないことも君なら分かっているはず。

アドバイスとして、このお嬢さんを救うことを諦め、君の今までご自分を偽装してきた教養も諦め、私を殺しにかかってみては如何でしょうか。

だ―ま―れ。

いつまでもつのでしょうね?

それと、ロビンさん。

え?

これから、アンソニーさんを殺して、ご自分の任務を遂行して頂きたい。

君が先ほどアンソニーさんとどういった取引をしたかも、どういった心境の変化が生じたかも私には関係ありません。

もしこの金が欲しければ、もし君の父親を救いたければ、今こそが君にとって最後の、最高のチャンスですよ。

……

私は……

父親のことを、何もかもズタボロになってしまったご自分の暮らしを、君の未来を、君の願望を思い出してみてください。

もし私であれば、躊躇しません。

一体何を企んでいやがる?

何を企んでいると?

見ればわかるじゃないですか?ただ君を殺すだけの目的であれば、刑務所内でいくらでもチャンスはあった。

ただそれではあまりにもつまらない、そう、つまらないのです。

私にとって人殺しはさして趣味というわけでもないんですよ、アンソニーさん。

私にとって、最もおもしろいと思う部分は、変化です、人が選択を迫られた時に過去を捨て去らなければならないあの瞬間です。

だから私はロビンさんに囁いたのです、ロビンさんの変化を、彼女の堕落っぷりを見るために。

だからぜひ君の変化も、この状況下で君の家族のために、君の目的のために、今までのすべての矜持を捨て去るところが見たい、君の牙を私に見せてください!

さあ、フリはもうやめましょう、アンソニーさん、さあさあ、正体を見せてください。

君の家族を、君の謂れのない罪を、君が受けた屈辱を、君が脱獄する目的を思い出してみてください。

このままこんなところで死んでもいいのでしょうか?

たかが知り合って数年しか経っていない女性のために自分の命を投げ捨てるのですか?

さあ立ってください、アンソニーさん、ロビンさんを押しのけ、ドゥーマさんのことなど忘れ、私に襲い掛かってこい、そして私を殺せ!

どいつもこいつも自分と同じ変態と思わないことだな、ジェストン。

自分は特別だとは思わないことですね、アンソニー。

五秒だけ差し上げます、ロビンさん、タイムリミットになったときは、私自ら殺ります、そして君も、ここで死んでもらいます。

ロビンさん、君の父親の手術代はまだまだ山のように積みあがっています、しかし今のアンソニーさんは一文無しですよ。

アンソニー、私……

四。

アンソニーさん、君のご両親は刑務所でそれはそれは惨いイジメに遭われています、見るも無残な暮らしを送っていますよ。

……親父、おふくろ。

三。

アンソニー、私のことはいい、ここで死んではダメ!

フンッ!

あがっ……

クソアマが、俺が注意していないスキに自殺しようとしやがって。

ロ……ビン……ダメ……

私の想像以上に気骨がある方ですねドゥーマさんは、いやはや尊敬に値しますよ。

しかし残念ながら、彼女の思い通りにはなりませんでしたね。

ジェ―ス―トン。

素晴らしい表情です、アンソニーさん、実に素晴らしい。

……

気になるんです、何があなたの意志をそこまで固くしているのか?

まさかご自分の死が残りの人の善遇と交換できるとでも思っているのですか?

君にとってそれほど信条は大事なものなのですか?

それとも、まだ何か一手が残っていると?

……この刑務所で暮らす中、俺は多くの信条に背いてきた。

ここの獄卒連中におだてられ、パットンに威を借りられ、殴りたくもない人を殴った、過ごしたくもない生活を過ごしてきた。

だが信条なんてもうどうでもいい。

これは俺の問題だ。

俺は俺の目的のためにドゥーマを犠牲にしたくない、ただそれだけだ。

君の家族が君を待っているにも関わらずにか?

てめぇが俺の家族を口にする資格なんざねぇ。

まだなすべき復讐とやるべきことがあるにもか?

一人の友人の命に比べれば安いものだ。

それで自分の命が失ってしまうかもしれないのにか?

アンソニー……

自分で物事を考え、一つ一つ選択し、その選択に責任を負うべきだ。

でなければ、己の運命を背負えなくなってしまう。

もう一度自分を見つめ直し、考え、自分は一体何がしたいのか考え直すんだ。

アンソニー……

それは残念です。

では、二。
ロビンはゆっくりと歩きだした。
彼女はアンソニーの側へとゆっくりと向かった。

一。

ロビンさん、君の苦しみは理解できます、ですが君の意志で選択しなければいけませんよ。

アンソニー。

どっちを選んだとしても、後悔だけはするな、ロビン。

うん。
ロビンの手にしたナイフを振り下ろした。
しかし、ナイフを宙で手から離れて出てきた。
彼女の目的はアンソニーでは無い!

グハッ!

アンソニー、ドゥーマは私に任せて!

チッ!そうはさせるか!

へっへェ、ここまで我慢してた甲斐があったってもんよ!

いつの間に!?
(ナイフで切れる音)

……グハッ……

アンソニー!

オラァ!!!
(アンソニーがジェストンを殴りつける)

それが君の残りの一手ですか?

ロビンさんが君の側につくと断定して?

いや、おそらくてめぇが示した報酬がそんなに美味しくなかっただけだと思うが。

本当にそれでいいのですか、ロビンさん?

私の目には君はなんの未来もない道を選んだように見えるが。

父さんがあんな風になったのは確かにサイモン一族が一夜で潰したせいでもある、でもその後立ち上がらなかったのは父さんの責任だ。

ずっと知っていた、でも認めたくはなかった。

そして私も……こんなことなんてしたくなかった。

アンソニーは逃げ出した後父さんの治療代をどうにかするって私に約束してくれた。

でもそんなことはどうだっていい。

もうアンソニーは殺さないって誓った、アンソニーが私を助けてくれないとしても、別の方法を考えればいい。

もしこんなことで父さんの病気の治療が間に合わなかったんだったら、私は……

私は自殺する、地面に潜って父さんに謝る、役立たずな娘でごめんねって、父さんに謝る。

それが私の選択だ。

……

美しい、実に美しい。

なんという感動的な覚悟なのだろうか、ロビンさん。

そういった覚悟で私たちの間に交わされた小さな契約を背いたというのであれば。

君を責めなどしません、むしろ賞賛の拍手を送ってあげたいものだ。

しかし私からも一点だけ言わせてください。

私がいった未来などないというのは、君たちの「脱獄後」の未来を指しているのではありません。

今を指しているのです、今現在を。

君たちに脱獄が成功する未来など訪れませんよ。

そんなもんやってみなきゃ分からねぇだろうが!

いえいえいえ。

君の武力は確かに強力だ、私も認めよう、アンソニーさん。

それに私にとって、人殺しにしても、暴力にしても特別おもしろいものでもありません。

ですのであなたに「やってみせない」ためにも、ドゥーマはただの第一段階にすぎません。

そして第二段階は――

ぐッ……あぁッ……

うわぁぁぁッ!

アンソニー、カフカ、大丈夫!?

問題……ない……

自分たちに付けられた枷を忘れてしまったのですか?

クソォ、こいつ、本当に用意周到だな。

お褒め頂きありがとうございます、カフカさん。

この野郎、最初からロビンを騙すつもりだったんだろ!

とんでもない、私はただ万が一に備えていただけですよ。

ロビンさんが成功していれば、私も多少は楽にはなる。

仮にロビンさんが失敗したとしても、ほら、こうして彼女のために別の策を用意しておきました。

いいこと言ってるように聞こえるけど、お前が彼女を巻き込んだんじゃないか!

はは、私は一度も彼女の蟠りが見たいという目的を否定したことなどありませんよ。

しかしカフカさん、君だって商売をした身、であれば分かるはずです、もし彼女を巻き込まなかったなら、彼女は父親の治療代を揃えることなどできたでしょうか?

可能性は低いでしょうね。

チッ。

ほら、反論できないでしょ、違いますか?

ッ……ロビンが……てめぇ側についたほうが……よかったかもしれないのは……認める。

だが彼女はそうしなかった。

そ、れ、で、十、分、だ。

オラァ!!!

こんな状況でも戦うつもりなのですか。

まあいいでしょう、なら私自ら君の最後の幻想を打ち砕いてあげましょう。

アンソニー、私も加勢するよ!

チッ、アンソニーほどパワーはないけど……

え……みんな気を付けて、あいつの手が……

あいつの手が、黒く変色したぞ!

いやはや、なんという温かな一幕なのだろうか。

この一幕を私自ら粉々に粉砕できると思うと……

たまらなく興奮するなァ、アンソニーィィィ!