今日出発するの?
教母からその杖を渡されたばかりだというのに、それにお城の品々もまだ片付け終えてないのよ、そんなに急ぐ必要あるの?
もうすぐ時間ですの、とにかく、わたくしはこの品を時間通りに届けなくてはいけませんわ。
忘れないでくださいまし、わたくしたちが交わした約束を、破ってはいけませんわよ。
そういう意味じゃなくて。ただ急かされすぎと思ってるだけよ。
先に簡単なことから始めてもよかったのに、例えば良い子をお城に招待するとか、あるいはあの子らにいい夢を見させることもできたのよ。
十数年以上前の女の子を探すよりは確実よ。知ってるのは彼女の名前だけなんでしょ、アイリスにはまだ経験が……
経験は、まあ確かにないですけど。
しかしわたくしの多くの先輩たちは、誰一人とて困難で契約を破棄しませんでしたわ。
はぁ……わかった、そこまで言うのでしたら、止めないわ。
ではこの鉄くずを、はい、持って行きなさい。
これは、ラジオ?
型落ちのものよ。今は小さな範囲でギリギリ電波をキャッチできるぐらいでしょうね。
そんな風にイジってたら、いずれバラバラになってしまいますよ。
はい、ではこれも差し上げます。旅の途中でお使いなさい、資料も一緒に入れておきましたから。
むぅ、どうも。
アタシそんな不用心じゃないわよ!
アタシはものはきちんと保管しておくタチなの、他人に預けたほうが不安になるわよ、絶対途中で壊さないでよね。
考えすぎよ、そんなことありえませんわ!
どうかしらね。
なんですって……!
はいはい、その辺にしてください。誰もあなたの実力を疑ってはいませんよ、みんな分かっていますから。
なんせあなたの初めての門出です、みんな心配して当然ですよ。
ふんっ。
外では気を付けるのですよ、知らない人には警戒すること。乗り物はもう準備できています、ちゃんとこまめにメンテナンスしてあげるんですよ、特に荒野に入る前にはきちんと……
いや、お節介が過ぎましたね。とにかく、自分を守ることを最優先にしてください。
わかってます……わかってますわ。大丈夫、困難な道のりかもしれないけど、どうってことないですわ。
絶対にこの約束を果たしてみせますわ。わたくしたちはもう長い間外に出ていませんもの。
子供たちは信頼のために彼らの大切なものをわたくしたちに預けた、だから絶対約束通り返してあげないといけませんわ、この信頼を絶対に引き裂いてはいけませんのよ。
そうすれば、彼らが大人になって、もう信じなくなったとしても、わたくしが彼らのために証明してあげられますの。
証明してあげますわ――
童話は永遠だということを。
そうですか、では幸運を祈っていますよ。
あなたの帰りを期待して待っています。アイリス。
(ふぅ、やっと着きましたわ。)
(記録によると、当時はきっとここで子供たちを招待したんだわ。)
(トネール村。あの子の名前は……メイベル。よし、大丈夫そうね。)
(しかし……ここって本当に村なのかしら?)
おい、気を付けな、お嬢ちゃん。
中には入ってはダメだ、アンタの靴が汚れちまう。そんないい靴、汚れちまったら勿体ないだろ、俺たちじゃ弁償しきれねぇよ。
……ご忠告ありがとうございますわ。
どういたしまして。
お嬢ちゃん、アンタ見るからにいいところのお嬢さんだろ、付添人はいないのか?何しにこんなところに来たんだ?
付添人はいませんわ。人を探しに来ましたの。
それに、ここはヴィクトリアですわ。我が家の中で事件が起こるともで?
はは!いいこと言うな!その通りだな、お嬢ちゃん、身内は自分の家の中が一番安全だもんな!
しかし、それでも気を付けるんだぞ、アンタはまだ子供だからな。はぁ、最近町の治安が悪くてな、気を張ってもバチは当たんないさ。
町……?
うーん、まあいいですわ。町で何が起きようが関係ありませんもの。
そちらの質問には答えましたわ。今度はこちらの質問に答えてくださいな。
何が聞きたいんだい?
人が探していますの、しかし……
ここは確か村ではなくて?ほかの人がまったく見当たりませんわよ?
村?
見てみなよ、お嬢ちゃん、ここのどこが村に見えるんだ?
以前は何個かの村がここ付近にあったが、今はみんなどっか行っちまったよ。貴族の旦那様がこの土地を買ってな、今年春には作業が始まるんだ。工場を建てるってよ!
……工場……
こいつを見てくれ、このブリキをよ、これにこのデカブツもだ!かっこいいだろ、ブオンブオン鳴くんだぜ!
か、カッコイイですわね。
しかし工場……なぜ移動都市にではなく、立地をここに選んだのですの?
そんなの貴族様たちの好み次第だろうが、俺たちの知ったことかよ。
……
では以前ここにあった村がどこに向かったか教えてくださる?
あ?教えてって言われてもなぁ……
まあそんなに遠くまでは行ってないと思うぞ。ここら辺はまだマシだよ、都市のルートに近いからな、もう少し荒野のほうに入ったら、マジで行き場を失ったゴロツキたちの溜まり場になってるからな!
むぅ……
わかりました。ありがとうございますですわ。
(……まあまだまだ想定内ね。)
(もう二十年も過ぎたことなんだし、当時あの子がいた村が引っ越しても別段おかしくはないわ……)
(周辺を探すしか方法はなさそうね。少なくとも村の名前と、あの子の名前は記録に残ってる、それでもダメだったら、町に入って調べてみましょ。)
(ふんっ、こんな些細な問題、足止めにもなりませんわ。)
すみません、ここはトネール村ですか?
違う?はい、わかりました、お邪魔しましたわ。
こんにちは、メイベルという女の子を知ってる人はいらっしゃらないかしら……あ、いえ、二十歳そこそこの女性でして、彼女を知ってる人はいらっしゃる?
そうですか……
ありがとうございます、ほかのところで聞いてみますわ。
すみません、ここはトネール村で……
すみません……
アイリスは思い出した、彼女の扶養者がかつて言った言葉を、楽園を守ることも、脆い夢を守ることも、簡単ではないと。
一つの約束を果たすために、夢想郷を永遠に子供たちの小さな心の中に留めておくことは簡単ではないと。彼らはいつだって必死になって、全力になってすべてを捧げてきた。
俗世から離れた夢想が童話の中のハミングとなってから、物語が破片と砕けてこの土地に伝わってから、はや幾百千年。
彼女は諦めたくなかった。
諦めるわけにはいかなかった。
童話に、叶えられないことなどない。
しかし現実から見れば、それは語り手の過ぎた執着心に過ぎなかった。
(この道を南に進んで、そして東へ向かって……その後にこの森を抜けると……)
(ここに標識があるわね、うん、この道で間違いないわ。)
(もう何個目の村かしら?すでに移動都市の外縁部よ、これ以上内側に進んだら、町に入ってしまうわ……)
(それとも、外側に向かったほうが……)
(……)
(まあいいわ、とりあえずどこかで停めて車両をメンテナンスしないと。)
ん?声がするわね?
お父さん、お家に帰るの?
あたしの病気は治ったの?まだ痛いよ……お医者さんのところには行かないの?
お家に帰るんだよ……病院じゃなくて、お家に帰るんだ。
お父さんお薬を買ってきたから、帰ってお薬を飲もうね。そしたらドーラも痛がらなくて済むから。
え?また苦い苦いお薬を飲まなきゃならないの……お薬ヤだ!イヤだ!
ドーラ、いい子にしなさい、お薬を飲んだらよくなるから。だから苦いけど我慢してね、いい?
でも本当に苦くて苦くて……
この前の紙を燃やした灰もすごくむせちゃって、そのもっと前のお注射もすごく痛くて……お母さん、もうお医者さんのところに行かなくてもいい?お注射イヤだよ、あのお薬ももう飲みたくないよ……
お外に出て遊んでもいい?学校の友だちに会いたいよ。メイメイが二日前にいつまた一緒に遊べるのって聞いてきたの、だから一緒に遊びに行きたいよぉ……
……(すすり泣く)
お母さん、泣いてるの……?
お母さん泣かないで!あたし……あたしちゃんとお薬飲むから、外にも出ないから!もうこんなこと言わないから!
お父さんお母さんの言うこともちゃんと聞くから。いい子でいるから。だからお母さんもう泣かないで……
ぼくたちのドーラ……はぁ……
(病に罹ってしまった子供だわ……)
……
今回の任務もそろそろ終わりそうだ、だからハンコを押してくれ。
ついでだが、南に行った時にメイメイちゃんのために果物を取ってきたぞ、これ前回食べたい食べたいってうるさく言ってた種類で間違いないか?
またお土産ですか、そんな悪いですよ。
いつもすいませんね、これで合ってます。あなたもあんまりあの子を甘やかさないでやってください、毎日甘いものばっかり食べたら、虫歯になっちゃいますよ!
いつも遊ぶことしか知らないんですから、まったく、今朝も昨日の夜に妖精さんがアタシをお城に招待してくれたのとか言い出しきたんですよ、きっと寝る前にお話をしすぎたんでしょうね、もう子供じゃないのにいっつもああでしてさ。
まだまだ子供だよ。
けどもう小さくはありませんよ、もうすぐ学校に行く歳なんですし。ちょっと預かりますね……任務は問題なし、それでハンコを押せばいいんですね?
頼む。
押しました、ではお返しします。
今回は結構早く戻ってきましたね。町の様子がどうですか?
想像してたのよりもよかったよ。最近カフェが政治話の溜まり場になってる、ただの議論だけだったから、普通の集まりだったよ。
あの文化人たちを除いて、僕たち一般庶民は政治とか興味ないですからね。
ただ先日労働者たちが給料が低すぎると言って町で暴れまわっていたけどな、ケガ人がいなかったのは幸いだったが。
別に大したことではなさそうですね。
まあな。
……ん?
あの女の子は一体?ここの人じゃないよな?
どれですか?ああ、彼女ですか……目がいいですね。あのお嬢さんは昨日突然この村にやってきたんですよ。
なんか人を探しにきたようでして、先に村の名前を尋ねてきて、なんか合っていたようだったから、そしたら家を一軒一軒尋ねていったんですよ。
ただ知ってるのが名前だけのようでして、探すにも大変で。
しかもかなり色んなところを走り回っていたようなんです、彼女が乗っていた車両のボディも傷だらけなんですよ、今はイーサンのおっちゃんのところで修理してもらっています。
あの子も結構しぶといですよね。
みんな彼女を手伝ってあげてるんですよ、メイメイも今日なんか一日中走り回って、一軒一軒聞きまわっていましたよ、それにあの子だけじゃなくほかのちびっ子たちも勢ぞろいで、熱心なもんでさ。
……
彼女こっちに来るぞ。
失礼。
メイメイはこちらに来ましたか?
まだ来てないよ、彼女の行方ならぼくのほうが聞きたいね。
君はどうなんだい、探してる人はまだ見つからないの?
まだ見つかりませんわ。
どんな人を探しているんだ?
……どちら様ですの?
不審な恰好して、おまけにマスクまでして、怪しいですわ!
……
あははははは!
おいちょっと。
は、あはは……いやその通りだよ、初めてあなたを見た時も僕だって同じことを思いましたよ。
……俺そんなに怪しく見えるのか?
嘘なんかつきませんわ!
まあまあ、お嬢さん、そんな眉をしかめないで。人探しなら、彼に相談してみるといいよ、不審者みたいな恰好してるけど、これでも結構頼りになるんだよ。
本当ですの?むぅ……
……
……
……
そんな睨めっこして、目痛くならないんですか?
まあな。こっちは慣れてるから。
……まあいいわ。あなたなんかと言い争ってる暇はないの。
こっちのセリフだ。
(睨む)
二人とも言い過ぎだって!
ふんっ……
こちらが人を探してるのを知ってるのであれば、教えてあげても問題はなさそうね。
メイベル。メイベル・グリーンを探しているの。
なんだって……?
二度も言わせないで。
……
……
もう、二人ともまた睨み合ってる。
わたくしそこまで幼稚じゃないわよ!
わたくし……実は本人とは会ったことがないの。でも、メイベルって名前だけは知ってる、フェリーンよ、ブラウンの髪の毛と緑色の目をしているわ。
……
歳はおおよそ三十手前、すごく器用な子だった……わたくしが知っているのはこれだけですわ。
ただ……村中の家々を探し回ったけど、今のところ手がかりすら見つかってないわ。
ここって本当にトネール村なの?まさか名前を間違えたとか……
それもあるかもしれないね、なんせ発音が似てる村なんてありふれているから、お嬢さんは明確な記録とか持ってないんだろ、しかもそんな前の人なら尚更ねぇ。
……
ちょっ、そ、そんな悲しまないで。きっと見つかるって!
確か村の森の傍にも人が住んでいるはずだから、そっちはまだ尋ねていないよね?
だったら……だったらこいつに一言かけてやって、任務として受けさせて、一緒に探してもらえばいいよ!
おい、ちょっと待て、ロドスの任務は先に登録して……
(小声)うるさい、君の任務はもう全部終わったじゃないですか!一言だけ、手伝うの手伝わないの!?
(小声)……わかったよ。
?
何をコソコソとしてらっしゃるの……
わたくしについて来てなんのつもりですの?
手伝ってやるよ。
必要ないですわ!
(肩をすくめる)
そっちは村の外だぞ、端っこに住んでる人たちのところに行きたいんだろ?
ええそうよ。でもわたくしだけでも平気ですわ、これはわたくしの仕事ですの、あなたの出る幕はありませんわ!
……まさか児童労働じゃあるまいな?
何か言った?
オホン。いや何も。
まあ言いたいことはある、あんたが探してる人、俺たぶん知ってるとおも……
――シーッ!
(静かに、ちょっと黙って!)
(声がするわ……聞こえた?)
……イヤよ!そんなの絶対許さないわ!
怖いの!?怖いのね!?刑に処されるから、私たちの娘を差し出そうとするつもりなのね!?
そんなこと絶対にさせないわ!
ドーラは渡さないわ、あの子をあいつらは連れて行かれて、独りで隔離区に放り込まれるのよ、まだ子供なのよ、入ったら二度と出られないわ!
あの子は私の子、私たちの子なのよ、アンタそれでも人間なの!?
落ち着け――声を下げてくれ!
僕がドーラを差し出すわけがない、そんなこと一言も行ってないだろ!でも、でもあの子があのままでいいのか?
僕たちではあの子は治せない……どんな薬だって試した、あいつらが言った方法はもう一通り試した……だが何の役にも、何の役にも立たなかったんだ!
僕たちが薬を買いに行ってるだろ、それを疑い出した人が出てきたんだ、もう隠し通せないんだよ!さっさと決断しておけばよかったんだ!
……
ここを、ここを出ましょう。ドーラを連れて、ここではない、誰もない場所へ――
じゃあどこに行けばいいんだって言うんだ?
(外勤オペレーターとアイリスの足音)
(声はこっちからだな。うん……ここだ、この家からだ。)
(あの人たちって……)
(きっと娘の鉱石病の話をしているんだろう。)
(感染者の秘匿。ヴィクトリアでは、重罪だ。)
(ドーラ……どこかで聞いたことが……)
……
ちょっと様子を見に行ってきますわ!
(アイリスが駆け出す)
――ちょっと待て、おい!
話を聞いてすぐ飛び出しやがって……ったく、これだからガキは。
だるまさんが……転んだ!
だるまさんが……転んだ!
……
ちっとも面白くない。
お人形さん、お人形さん、あなたが動いてくれればいいのに、そしたら一緒に遊べるのに。
お人形さん、ねぇ、お父さんお母さんはいつになったら外で遊ばせてくれるのかな?
もう病気はイヤ、病気なんて大嫌い。
……腕が痛い……お腹の辺りも……
引っ掻くのはおやめなさい、症状がもっと悪化するわよ。
――!!
(口を紡ぐ)
(小声)あ、あなたは誰!?
(小声)どうやって入ってきたの?窓は全部閉めてるはずなのに……う、ううん、それよりも早く出て行ったほうがいいよ!お父さんお母さんに見つかったら、私たち怒られちゃうから!
こんな窓じゃどうにもなりませんわよ。大丈夫、誰にも見つかりはしないわ。
さっきはお遊戯をしてらしたの?
そうだよ!
……このお人形に動いてもらって、一緒に遊んでもらいたいの?
もちろん!でも……お人形がどうやって動くの?
方法ならあるわ。おとぎ話の妖精さんはみんな喋れるでしょ?人になったピノキオも、二本足で歩く猫もいるのよ、動くお人形もきっといますわ。
そうねぇ……お話は好きかしら?
大好き!お母さんがいっぱいお話してくれるんだ!
煙突おばけのお話とか、大きなハサミのお話とか、あと庭にいる妖精さんのお話とか……
それとお城でお茶会するお話!
すごーくおっきくて、すごーくキレイで、子供しか行けないお城があるの、中には優しい妖精さんが住んでいて、美味しいお菓子を用意して、毎日お茶会を開いているんだってさ……
空にある雲も手を伸ばせば掴められるんだよ、しかも舐めると甘いの……
あたしもお城に行きたいなぁ、お茶会に参加したい、だから、ずっと頑張っていい子にしてきたんだよ、妖精さんはいつになったらあたしをお城に連れてってくれるんだろ?
きっとすぐに行けるわ。
あなたはいい子だから、きっとお城に行けるわ!
ホントに!?よかったぁ!
お城に行ったら、お人形も動いて、一緒に遊んでくれるかな?
ええきっと。おとぎ話でもね、妖精のお城は子供たちの代わりに子供たちの大切な宝物を預けてくれるのよ、約束の時が来たら、その宝物をまた子供たちに返してあげるの。
お城で過ごしたお人形はもう普通のお人形ではなくなるわ、動いたり、歌ったり、一緒にお遊戯をしてくれるようになるのよ!
……お人形を「蘇らせ」たい?
し……したいけど……
でも、どうしてもお人形と離ればなれにならないといけないの?
もしそうだったら、やっぱりいいかな……
ど、どうしてかしら?
そんなに時間はかからないわよ、わたくしのお友だちさん……いや、妖精ってのはすごいのよ、すぐにでもお人形を動かしてあげるわ!
事前に約束してくれれば、お人形もすぐにあなたの元に帰ってくるわ!
(頭を振るう)
このお人形はね、お父さんとお母さんが誕生日にくれたプレゼントなの。だから離ればなれになりたくない。
お人形をもらった時お母さんと約束したの、お人形さんをずっと守ってあげるって!自分の宝物は、自分で守るもの、当然でしょ?
どうしてほかのみんなは自分の大切な宝物を妖精さんに預けられるの?
それは――
……でも……
でもあなたは病気に罹っているのよ……
もし誰かに見つかったら、あなたは連れて行かれちゃうわ。もし連れていかれてしまったら、誰もお人形を守ってあげられなくなるわよ……
あ……お父さんも同じことを言ってた。
でも、大丈夫だよ、あたし大人しくお家でジッとしてるから、お父さんとお母さんがあたしを連れていかないようにしてくれるから!
お人形はあたしの宝物、だからあたしがお人形を守るの。お父さんお母さんはあたしは二人の宝物だって言ってくれた、だからお父さんお母さんがあたしを守ってくれる。
だからあたしがいい子でいれば、連れて行かれたりしないよ!
……
強い子なのね……
へへ、心配してくれてありがとう。
そうだ、まだお名前を聞いていなかったね、それより本当にお父さんとお母さんに見つかったりしないの?お姉さんは……
あたしたちの村の人じゃないよね、会ったことがないもん。
あたしはドーラ、お姉さんは?
わたくしは……アイリスですわ。
アイリス!
ねぇねぇ……ちょっとだけ一緒に遊ぼ?ちょっとだけでいいから!
一人だとつまんないよ、お外にも出られないし、お家ではお絵描きとか、パズルしかできないし……もう飽きちゃったよぉ……
お外には出ないの?
出たいけど、出たらお母さんが泣いちゃうから。あたしすごく悪い病気に罹っちゃってるから、勝手にお外に出たら、悪い人に連れて行かれちゃうんだって。
連れて行かれちゃったら、もうお父さんとお母さんには会えなくなるんだって。
……
お母さんを泣かせたくないし、お父さんとお母さんと離ればなれになるのもイヤ。でも……
メイメイたちに会いたいなぁ、学校にも行きたいなぁ。
悲しまないで……わかった、一緒に遊びましょ!
これは好きかしら?それともこのおもちゃとか、ここを押すとこんな風に光るのよ!そうだ先にパズルをしましょうか、今度新しいぬいぐるみを持ってきて――
……
ごめんなさい、わたくしはこれでしか……あなたをお外には連れ出せないわ。
ごめんなさい……
変なの、どうしてアイリスが謝るの?アイリスは何も悪いことしてないでしょ。
んー……
ねぇ、アイリス、もし本当に妖精さんがいたとしたら、お願い事をしてもいい?
もちろんよ!妖精さんに任せなさい!
よかった!じゃあお城の妖精さんはあたしの病気を治してくれる?
それは……
妖精さんでもなんでもできるわけじゃないのよ……
そうなんだ…
で、でも!
あなたの病気は治せないけど、でもほかにお願い事があれば、きっと叶えて――
じゃあもうお母さんを泣かせたくないの、これはいい?
それは、それも無理なの、ほかにはない?
うーん……じゃあ早くおっきくなりたい。
……それも無理なの。
……
無理なの……
全部できないことだわ……
えー……
じゃあいいよ。
ドーラ、ガッカリしちゃった?
妖精さんはなんにもできないって……思っちゃったかしら、おとぎ話は全部ウソなんだって?
そんなことないよ?
一つ秘密を教えてあげるね、絶対誰にも言わないでね!実はね、あたしの友だちのメイメイが朝あたしのことろに遊びに来たの、入ってこれないから、窓の傍でコッソリお話してたんだ。
メイメイがね、昨日の夜本当に妖精さんが自分をお城に招待してくれたって話してくれたの、メイメイはウソつかないよ、夢のようだって話してた、ケーキもクッキーもすっごく美味しかったって!
メイメイもいい子なのね……
うん!でも、もしあたしが妖精さんに会ったら、お願い事は言わないようにしてるの。アイリスも絶対内緒にしててね!
内緒に?それはどうして?
もう、考えてみてよ、妖精さんがもし自分はあたしのお願い事をなんも叶えてあげられないって知っちゃったら、きっと悲しんじゃうでしょ。だから言わないようにしてるの。
……
ありがとう、ドーラ……
やっと出てきた。お嬢ちゃんとはもう話し終えたのか?
……なんであなたが知ってるんですの?
そこの両親と話してる最中に、家の中で話し声が聞こえたんでな。
どうした、上手くいかなかったのか?
ほっといてちょうだい……
それでその両親はどうなの、まさか本当に自分たちの娘を引き渡すつもり?
そうじゃないさ、彼らだって娘と離れたくはない。ただ……ほかに方法がなかっただけんだ。
万が一ほかの人にバレたら、どうするの?
そうだなぁ……あの病気の子は十中八九連れて行かれ、隔離区に入れられるだろうな。感染者を秘匿した両親も、きっと実刑判決を下される。
だが、今のところ心配はいらない。俺がいいところを紹介してあげたからな。
彼らのあんな境遇にとって、いいところなんてありますの?
ドーラが罹った病気が鉱石病だということは知っていますわ、現時点では治せないことも……
どういうところかと言うと……あー、言葉にしづらいな。
とにかく、娘を治療してくれて、なおかつ簡単に隔離されて死ぬような場所でも、直接処されたり、広場で公開処刑されない場所とだけは言える。
……悪くはなさそうですわね。
当然だ。ただ、俺が提供してあげたのはあくまで可能性だ、どう選ぶかは結局のところ彼ら次第だ。
ヴィクトリア人は自分たちの土地や国家に変なプライドと優越感を抱いているからな、もう散々見てきたよ。
それってなんだか……わたくしを皮肉ってるのかしら!?
いや……そういう意味じゃなくてだな。
ただ今の生活を捨てて、一つの可能性を追う、そんな簡単なもんじゃないのは確かさ。彼らが最終的に現状を選んだとしても、別におかしくはねぇよ。
……
あの病気の子、まだおとぎ話を信じていたわ、もうあんな歳なのに。
わたくしは何もしてあげられなかった……あんなにいい子なのに、でも、何もしてあげられなかった。一つのおとぎ話も、ひと時の夢でさえ、病魔の手からあの子を救ってあげられなかった……
しかしそれは希望でもあるさ。
え……?
あんたが何で悩んでいるかは知らねぇが、俺にとっておとぎ話も夢もいいもんだと思ってる。
いいものは常に人々を前へ進ませ、希望を作ってくれる。こんなクソみたいな環境だからこそ、美しいものへの憧れを保つ必要があると俺は思う。
だがその前に何がいいのかを知る必要があるけどな、それで俺たちは前へ進められるんだ、違うか?
……ではあなたはどうなの?おとぎ話を信じてますの?
俺はおとぎ話よりも理想的なものを信じてるだけさ。もしそれすらも童話だと言うのなら、信じてるって言えるな。
まあそんな思いつめるな。元から彼らにやれることなんて微々たるものなんだから。
そうだ、そういえば人を探しているとか言ってたよな……
……なんですの?
もし手がかりが尽きたんだったら、メイベルって人なら俺知ってるぜ。
元ヴィクトリア人で、二十歳、ブラウンの髪の毛に、緑色の瞳、手は器用だけどハンドメイドは好きじゃない、機械の部品をいっつもイジッてたこともな。
それに……アンタの供述と全部合致してる。
――!そんなに合致してるのなら、もはや偶然ではないわね!
彼女は今どこにいるの!どこにいるのか教えてちょうだい!
そうだな。俺も考えれば考えるほどそう思うよ。
ただ、アンタの探し人が本当に彼女なんだったら、ちょっと遅かったかもな。
どういう意味ですの?
俺からじゃあんまり多くは言えないな。
ただ……彼女に会いに行ってみるといいよ。