


ヒルデガルト
あれ……寝ちゃってた?

ヒルデガルト
誰かがノックして……もうこんな時間!?

バイソン
おはようございます、シスター・ヒルデガルト。

ヒルデガルド
……おはようございます、いえもうこんにちはですね、バイソンさん、久しぶりのベッドだったんで、弛んでしまいました。

バイソン
長旅でお疲れなんでしょう、お疲れ様です。本日のスケジュールを確認しに来ましたが、お邪魔だったでしょうか?

ヒルデガルト
いえ、そちらもお疲れ様です。

バイソン
なんせラテラーノから……遠い国である龍門へです、気楽な旅とは言えませんね。

ヒルデガルト
そうですね。

ヒルデガルト
初めてラテラーノからこんなに遠くまで出たもんですから……長旅は、ただ風景を鑑賞するほど気安くはありませんね。

バイソン
あはは、経験豊富なトランスポーターは、色んな方法でストレスを発散すると聞きます……

ヒルデガルト
トランスポーターも楽じゃないですね。

バイソン
それでヒルデガルトさん、昨晩のお宿はいかがでしたか?

ヒルデガルト
ええ。ダウンタウンから近いし、値段も安い、さすがですね。

バイソン
費用については、ご心配なく。フェンツ運輸があなたの龍門にいる間の出費を負担させていただきますので。

ヒルデガルト
いえ、ランデン修道院の一員であるゆえ、金銭関係で他者に借りは作りたくないので、遠慮させてください。

ヒルデガルト
なにより、わたくしは修道院が抱えている問題を解決するために異郷の地に赴いたので、いつまでの現地の方々に甘えたり、享楽に溺れるわけにはいきません。

バイソン
そうですか……その精神に感銘を受けました。

ヒルデガルト
わたくしたちにとっては当たり前のことです。

バイソン
弊社のオーウェルとの面会は明日の夜ですね、今日はどういったご予定で?

ヒルデガルト
うーん……とりあえず近くを散策してみます。なんせ初めての炎国ですので。

バイソン
でしたら、ガイドか案内人を手配しましょうか?

ヒルデガルト
あ、結構です。一人で色々見て回りたいので。個人の好奇心を満足させたいだけなので、皆さんを煩わせるわけにはいきません。

バイソン
そうでしたら……そちらの楽しみの邪魔をしても悪いですね。

ヒルデガルト
ご理解感謝します。

ヒルデガルト
……つかぬ事をお聞きしますが、オーウェルさんは、あなたの父親、ですよね?

バイソン
ん?ええ、そうですよ、それがどうかしましたか?

ヒルデガルト
いえ、失礼しました。ただ仕事してる時にバイソンさん、オーウェルさんを完全に上司として扱われているので……

バイソン
ええまあ、ずっと父さんに頼ってばかりじゃ、彼という壁は超えられないじゃないですか?

ヒルデガルト
……あはは、バイソンさんも野心家だったんですね。

バイソン
とんでもないです、ヒルデガルトさんと気が合うだけですよ、普段顧客とこんな話はしないんですよ。

バイソン
では、お邪魔しました……

バイソン
もしそちらのお時間がございましたら、ラテラーノの話も聞いてみたいです。あなたが龍門に好奇心を抱いているように、ぼくもそこについて……色々知りたいので。

ヒルデガルト
構いませんよ。

バイソン
ありがとうございます、ではよい一日を。

ヒルデガルト
……龍門か。

ヒルデガルト
旅費はあまりないけど……まあ適当に回ってみよう。

ヒルデガルト
「きっかけと信仰は、市場と鐘の音に集う」って言うしね。


龍門の男性
君の父親も頑固すぎだろ!ここは龍門だぜ!

龍門の女性
でもあの職芸は、ウチが代々伝わってきた伝統なんだよ……

龍門の男性
いつの時代の話だよ、今時その職芸で稼げるかよ。

龍門の女性
……それもそうね。父さんのことも説得してみるわ。

ヒルデガルト
……

龍門の男性
そういえばあと何組でウチらの番なんだ?

龍門の女性
ウチら21番だから、すぐだね、もうすぐでウチらの番だよ。にしてもこの店すごい人気ね……

ヒルデガルト
……31番。


ヒルデガルト
甘ッ……

ヒルデガルト
ん?

スノーズント
あ……?

スノーズント
えっと……あの、ラテラーノからいらした旅の方ですか?

ヒルデガルト
ん?わたくしのことをご存じで?

スノーズント
あ、はい、実は今ある事情で家に住めなくなって、龍門近衛局にあなたと同じホテルを手配してくれまして……えっと、それで実は私はお向かいの……

ヒルデガルト
なるほど……それはまた偶然ですね。

ヒルデガルト
あ、失礼、先に自己紹介しませんとね。わたくしはラテラーノのランデン修道院所属の、ヒルデガルトです。そちらは?

スノーズント
そそそそそんな畏まらなくても大丈夫です、私はただの一般エンジニアです……エンジニアコードネームのスノーズンドとお呼びください……

ヒルデガルト
……しかし、あなたのような方が、どうしてもっと高級な部屋に泊まられないんですか?

スノーズント
あはは……実はちょっと苦衷がありまして、でも自分を戒める意味合いで今のホテルに泊まっています。わたくしにもそんな畏まらなくて大丈夫ですよ、今のわたくしはただの旅人ですから。

ヒルデガルト
はい、食べますか?

スノーズント
これは……ケーキ?

ヒルデガルト
なんだか有名店だったので、二つほど買ってきました、まさかこんなに味が甘かっただなんて思いもしませんでしたよ。

ヒルデガルト
しかし、これほどのものが龍門で広く歓迎されているのでしたら、修道院の商品は一部でも歓迎されるとは限りませんね……

スノーズント
本当に私に分けてくれるのですか!?

ヒルデガルト
え?あ、はい。

スノーズント
あ、ありがとうございます……

ヒルデガルト
(なんか三日間何も食べてない獣みたい……)オホン、ゆっくり召し上がってください。

ヒルデガルト
……スノーズンドさん、でしたよね?ちょっとわたくしの散策に付き合ってくれませんか?

スノーズント
うぐっ、ぷはぁ。も、問題ありませんヒルデガルト様!今日お暇なので!

ヒルデガルト
さ、様はやめてください、なんだか申し訳ないじゃないですか……


ヒルデガルト
いつの間にか、夜になってしまいましたね。

ヒルデガルト
鐘の音が鳴かない日……

スノーズント
ヒルデガルトさん、どうかしましたか?

ヒルデガルト
あ、いえ。ただ時間が過ぎるのが早いなと思っただけです。

スノーズント
まあ今日はお休みの日ですからね、渋滞は相変わらず酷かったですけど、ちょっと龍門のダウンタウンを回ったら、もう暗くなっちゃいましたもんね。

ヒルデガルト
……スノーズンドさん、クルビアってどういったところなんですか?

スノーズント
ん?そうですね……と、とにかく何もかもキラキラしてて、すごく技術が発達してる感がすごくて、それと……

スノーズント
人が近寄りがたいところですかね……?

スノーズント
も、もちろん、私は研究所とその周辺しか行ったことがなくて、むしろ仕事場から2km離れたところは行ったこともないと言うかなんと言うか!

スノーズント
うぅ、あのただ仕事場と自宅を往復するだけの生活を思い返すと……胃もたれが……

ヒルデガルト
あはは……言わなかったことにしてください、あまり無理しないように。

ヒルデガルト
はぁ。

スノーズント
……ヒルデガルトさんは、そのランデン修道院は……どんなところなんですか?ラテラーノに関しては公証人役場しか聞いたことがないので……

ヒルデガルト
……パンですかね。

スノーズント
パン?

ヒルデガルト
あそこは麦畑と山の丘に建てられた、古い修道院なんです。

ヒルデガルト
当初は教皇を護衛するための戦士を育てる場として建てられました、公証人役場の教皇騎士と違って、ランデン修道院は各大地各国家からやってきた様々な人たちを接収していたんです。

ヒルデガルト
しかし……

スノーズント
ごくり、しかし……?

ヒルデガルト
ここ数年平和すぎるんです!私たちの仕事もほぼ役場に取られてしまっちゃったんです!今年なんか一人も新入りが入ってこなかったんですよ!ご老人たちも修道院に自生する力を付けさせるためだとか言って予算をケチってるんです!

ヒルデガルト
……倒産してしまいます。このままだと長い歴史を誇ったランデン修道院が財政破綻で倒産してしまいますぅ!!

スノーズント
ヒルデガルトさん、修道院が倒産って用語を使っていいものなんですか……?

ヒルデガルト
あまりにも合致しすぎていますからね、仕方ありません。

ヒルデガルト
オホン。

スノーズント
それでヒルデガルドさんはラテラーノを発ったのですか?

ヒルデガルト
……倒産を回避する方法を探さなくてはなりませんからね。幸い修道院の名は外でも知られています、見掛け倒しだけだと思ってる人もいるでしょうが、わたくしたちにはまだ大きな麦畑が残ってますし……


ヒルデガルト
今日はありがとうございました、スノーズンドさん。

スノーズント
と、とんでもないです!今日は元から予定も何もありませんでしたので……

スノーズント
私の部屋は152番ですので、何か用事がありましたら、声をかけてください……家が片付くまで、ずっとここに泊まってますので!

ヒルデガルト
わかりました。


オーウェル
おお、シスター・ヒルデガルト、ようこそ。

ヒルデガルト
オーウェルさん、今日はお会いできて光栄です。

オーウェル
なんのなんの、そう固くならないでください、シスター・ヒルデガルト、我々は企業文化からして堅苦しい会談はあまり好んでいませんのでね。

ヒルデガルト
わかりました……

オーウェル
では、まずはランデン修道院と龍門のビジネス契約の件のお話を――


ヒルデガルト
……流石ですね。プランはとっくにすべて作成済、今日は、ただわたくしにそれらを伝えるためだった、そうですよね?

オーウェル
恐縮です。

ヒルデガルト
……まごうことなき完璧。わたくしの今の見識だけでは、あなたとトランスポーターの仕事について完全に話し合いできかねました。

オーウェル
ハハハ、ランデン修道院の修道士に認めてもらえるとは、光栄です。

ヒルデガルト
オーウェルさん、わたくし個人として、あなたに何個か質問を尋ねさせてください。

ヒルデガルト
なぜわざわざランデン修道院を選ばれたんですか?

ヒルデガルト
フェンツ運輸みたいな体力ある会社が、トランスポーターのルートを設置し、システムを完成させたければ……

オーウェル
とんでもない、ランデン修道院とこうして長期協力関係を結ぶことができたんです、光栄の極みですよ。

ヒルデガルト
……

オーウェル
――物流会社が限界まで行ける最遠距離はご存じですかな?

ヒルデガルト
それは一体?

オーウェル
このフェンツ運輸とて、及ぶのはせいぜい龍門とその周辺にある炎国の大都市の五つだけですなんですよ。

ヒルデガルト
……ウルサスとヴィクトリアには届かないのですか?龍門は炎国の重要な対外の要衝なんですよね、だったら国外にも……

オーウェル
大部分の一般市民の想像と違い、物流会社は国外から注文を受けても己の全力を発揮するのは極めて困難なんです。

オーウェル
合法的に越境できたとしても、ほとんどの物流会社は現地の業者あるいは政府のトランスポーター機関に業務を委託させるんです、他国のトランスポーターの自国の領地への跋扈を許すほど寛容な国はいませんのでね。

オーウェル
もちろん……これはあくまで「表」でのやり方、だからといってグレーな部分を我々の今回の対談の範疇に納める必要はありません、その点はご安心を。

ヒルデガルト
そうだったんですか……

オーウェル
あなたの言うように、情報や、中継等の分野で安定した締結にかかるコストと、修道院の商品利益は決してイコールではありません。

オーウェル
天災トランスポーターが基地に駐在する時にかかるコストだけでも、ド肝を抜くほど高いですからね。

オーウェル
しかし、今回の締結はラテラーノへ開かれた道。あなたならその意味は分かるでしょう。

オーウェル
これは私の理想の青写真の一環なのですが、その道の彼方に行けば、トランスポーターたちは文化や種族の壁を越え、手と手をつなぎ合わせてこの大地の隅々までその手が届くようになるのというのが私の理想です。

オーウェル
当然、様々な原因により、そんなこと実現できないことぐらい理解しています。種族、文化、歴史、気まぐれで迷惑をかけに来る天災とかによってね。

オーウェル
この大地には国家間の団結を断ち切る要素があまりにも多い。

オーウェル
戦争に耐え忍び、天災に抗う必要もあるでしょう、そんなことがこのわけ隔てる大地で成功するはずもないでしょう――

オーウェル
しかしだからといって……その架け橋が存在してはならないという意味ではありません。

オーウェル
であれば、我々でまずその大波を切り拓いてみようじゃないか。

オーウェル
とある手段によって……私は理解しましたよ……教皇猊下はこういった考えには非常にご寛容であることをね、そして、ラテラーノが我々の試行錯誤の第一歩であることも。

ヒルデガルト
……

オーウェル
シスター・ヒルデガルト?

ヒルデガルト
いえ、申し訳ないです、まさかこんなことが聞けるなんて思ってもいなかったので……

ヒルデガルト
……ご子息はその、えっと、その雄大な青写真のことはご存じなんですか?

オーウェル
まだ知られていませんよ、あの子はまだまだ鍛錬が必要ですからね。言ったはずです、この事業は一朝一夕では成せないと、私はその架け橋を自らの手でかける人ではないのかもしれない、もしかしたらあの子がその橋を架けてくれるかもしれない。もちろん、あの子でもないのかもしれない。

オーウェル
しかしあの子は私の子です、それだけで十分なんですよ。

ヒルデガルト
……貴社と締結できたこと、ランデン修道院にとって貴重な体験となりましょう。

オーウェル
こちらこそ光栄に思います、シスター・ヒルデガルト。

ヒルデガルト
……正直に言うと、オーウェルさん、わたくしの考えはいたってシンプルです。わたくしは自分たちの修道院が好きです、ランデン修道院の素晴らしい文化も引き継がれるべきだとも思っています。

ヒルデガルト
だから、それを途絶えさせたくないんです。

ヒルデガルト
あなたの望みに比べれば、わたくしたちの動機はいささか私利私欲に塗れているでようね。

オーウェル
そんなことありませんよ、シスター・ヒルデガルト。我が家を愛し我が家に心を痛める、決して卑下するようなことではありません。

オーウェル
――それに修道院に迷惑が降りかかるんじゃないかと心配する必要もありません、ランデン修道院はあくまでラテラーノの修道院なのですから。

ヒルデガルト
ふふ、そういう意味ではありませんよ、思い過ぎですよオーウェルさん。

オーウェル
なんの、シスターこそですよ、私みたいな年齢になれば、あなたほど冷静沈着ではいられますまい。

オーウェル
そろそろいいお時間です、明日シスターへの晩餐会を用意してありますので、その前に、どうかごゆっくりとお休みください。


ヒルデガルト
……何もかも順調。本当にすごい人だったなぁ。

ヒルデガルト
しかし……

ヒルデガルト
はぁ、もうやることはなさそう……

ヒルデガルト
うわッ――な、なに?


ソラ
どうしていつもいつもこんな感じになっちゃうの……

クロワッサン
そろそろ慣れたらどうなん?

ソラ
仕事の途中でアクシデントによる爆発でみんなの注目を集めることにですか?

クロワッサン
ちょい待ち……見つけたで!このドロボー!逃げるなや!


ヒルデガルト
うわぁ……コソ泥相手に派手にやりすぎでしょ……一体何を盗まれたら、ああなるの……

ヒルデガルト
どちら様ですか?

スノーズント
スノーズンドです!

ヒルデガルト
どうぞお入りください!

スノーズント
あのぉ……お邪魔しちゃいましたか?

ヒルデガルト
いえそんなことは、どうかしたんですか?

スノーズント
……そのですね、ひひひ一人でやることもなくて、昨日のこの時間辺りに、自分の小型清掃無人機23号を改良してたんですけど……

ヒルデガルト
……23号?

スノーズント
え、あ、はい、もっと簡単な源石回路を作ろうと思ってたんですけど、そのカーテンを燃やしちゃって、そのぉ……

スノーズント
うぅ……保険には一応入ったんですけど……カードの残高がもう……

ヒルデガルト
わ、分かりました、大丈夫ですよ、それにちょうどいいタイミングで来てくれました、下のあの人たちのことは知っていますか?

スノーズント
下?そういえば、さっきから騒がしいですね……

ソラ
テキサスさん!そっちに向かいましたよ!

テキサス
わかった!


スノーズント
あわわわ……あ、あれはペンギン急便のみなさん……

ヒルデガルト
……ペンギン急便。聞いたことがある名前ですね。

ヒルデガルト
彼女たちは……えっと、市街地で車をドリフトしてもう一台の車を無理やり止めさせましたけど?

スノーズント
あ、はい、いつものことですよ。

ヒルデガルト
いつものことなんですか……

ヒルデガルト
彼女たちの名前とかは知ってますか?

スノーズント
え?あ、実は仕事の関係上、彼女たちとはよく会うんですよ……

スノーズント
車を運転してるクールなループスは、テキサスさんです。あのハンマーを振り回して人を追っかけてる元気なお姉さんがクロワッサンさんで……

ヒルデガルト
(本名には聞こえない。わたくしも何かつけたほうがいいのかな……)

スノーズント
あ、ちょうど今争いを止めてるのかわいいお姉さんがソラさんで……以前は結構有名なアイドルの方だったんですよ、やっぱり修道院の方にとってアイドルは馴染みないですか?

ヒルデガルト
アイドル?

スノーズント
つまり、えっと、歌手とか、スターとか、そういう意味ですね。

ヒルデガルト
スター……

ヒルデガルト
修道院は多くの規律が敷かれてるけど、実際そんなに厳しくはないんです……少なくともここ数年はそうでした。

ヒルデガルト
スターになるって、どんな感じなんですか?

スノーズント
私も知りたいですね……

スノーズント
あ、ここのホテルのテレビだとライブとか見れますよ、見てみますか?

ヒルデガルト
……まあ時間も空いていますし。

スノーズント
じゃ、じゃあ見てみましょうか……げっ……料金が発生するの……あっ、無料の番組があった……




ヒルデガルト
……

ヒルデガルト
あっ……もうこんなに時間が経って――

スノーズント
すぅ……すぅ……

ヒルデガルト
あら……

ヒルデガルト
付き合ってもらってごめんなさいね……おやすみなさい、スノーズンドさん。


ヒルデガルト
んん――

ヒルデガルト
観てたら逆に元気になっちゃった……

ヒルデガルト
テレビかぁ。修道院にもテレビはあったけど……

ヒルデガルト
あんな小さな箱で、大地の隅々を見ることができるなんてね……

ヒルデガルト
……アイドルか……

ヒルデガルト
いやいやいやわたくしは一体何を考えて――

ヒルデガルト
うーん……

ヒルデガルト
……カジミエーシュの騎士も、悪くはなさそう……ただいつも騎士競技には変な違和感を憶えるんだけどなぁ……まあ機会があったら見に行ってみよう。

ヒルデガルト
……リターニアの術師たちもかなり煌びやかな感じがするなぁ、確かアンジェリカ姉さんは修了したあとリターニアに行ったんだっけ、確か音楽学院に入ったとか……?

ヒルデガルト
はぁ。

ヒルデガルト
……今日の星はキレイだなぁ。

???
詩人は星々に言葉をかけ、旅人は夜に幾千万もの想いに耽る、そして俺は、どの星に俺の名前を刻み込んでやろうかすでに決めてある。

コウテイ
こんばんは、お嬢さん。

ヒルデガルト
……ど、どちら様で?

コウテイ
ああ、この前あんたが俺のバーから出てきたところを見かけてな、あの時はちょっと別のアクシデントで忙しかったが。

ヒルデガルト
えっ……でもあそこはフェンツ運輸の……

コウテイ
オーウェルだろ?あの牛に買い落されたのは確かだが、あそこのバーテンダーは依然この俺だ!バーテンダーはバーにとっての魂!つまりあそこの魂はこの俺だ!

ヒルデガルト
……

コウテイ
おっと……連絡だ、ちょっと待ってくれ。

コウテイ
なに?模造品?すり替えられただと?

コウテイ
なら何をボサッとしてんだ、そいつらの船を吹き飛ばしてやれ!そうだ!俺の言う通りにしろ!なに?もちろん俺も行くぞ、お前らだけおいしいとこを食わせてたまるもんかよ!

ヒルデガルト
(いやどう考えても非合法的な話だ――!?)

コウテイ
オーウェルとなにを話したんだ?

ヒルデガルト
そんなの言うわけ――

コウテイ
ああ、言わなくてもわかる、どうせまた色んな契約を結んであれこれ可能性を導き出そうとしてんだろ、あいつもご苦労なこった。

コウテイ
この大地はなかなかに面白いだろ、お嬢さん。

ヒルデガルト
急になにを――

コウテイ
だが今のあんたは、ちと独創性に欠けてる。

コウテイ
大丈夫だ、あんたのことは気に入ってる、なんせパウロ・ランデンは真面目なガキだったからな、あいつは銃を持つ姿より筆を握ってる姿のほうがお似合いだったぜ!

テキサス
あいつらを見つけたぞ、ボス。

ヒルデガルト
ちょっと待っ――

コウテイ
まあそういうことだ!そんじゃあいつらを川に沈めてやるか!

ヒルデガルト
はぁ……

ヒルデガルト
パウロ・ランデン……修道院の創始者だよね?あの変な人は一体何を言ってたの……

ヒルデガルト
……あんな人もいるんだ。


ヒルデガルト
……オーウェルさん、龍門を出る前に、どうして一つお聞きしたいことがあります。

オーウェル
何なりと。

ヒルデガルト
どうしてまたここのバーなんですか?

オーウェル
あははは……ちょうど知人からここを買い落したんですよ、ここの雰囲気が気にいってね、騒がしくもない、汚くもない、それに煌びやかだ。

オーウェル
一般のバーは普通こうじゃないんですよ、少なくとも龍門のバーはね、ラテラーノのバーはどんな……いや、修道士はきっとバーとは無縁なのでしょう。

ヒルデガルト
完全に無縁というわけではありません、礼拝日の修道士宿舎はバーとそれほど変わりませんよ。

オーウェル
はは、なるほどそういうことでしたか、どうりでシスター・ヒルデガルトとこうして話をしていると盛り上がるわけだ。

オーウェル
しかしここを買い落した一番の理由は、ある時急にこのバーの名前が気に入ったからなんです――

オーウェル
――「大地の果て」という名前にね。

オーウェル
そして今この時、私たちはその「大地の果て」にいるんですよ。

ヒルデガルト
……そうだったんですね。

オーウェル
では、このプロジェクトが理想的な結果をもたらしてくれるよう、乾杯。

ヒルデガルト
乾杯。

オーウェル
いつご出発を?

ヒルデガルト
本来であれば、明朝9時です。

オーウェル
ほう……本来とは?

ヒルデガルト
……考えが変わったんです。

オーウェル
ではそちらのご予定に、こちらのトランスポーターは必要ですかな?

ヒルデガルト
……結構です。どうせ今回修道院を出たのは、一つ二つの用事のためだけじゃありませんでしたので。

ヒルデガルト
大切なのは、わたくしの信仰が発揮できるどこかを探すことです。

オーウェル
なるほど、では結論はもう出たのですね?

ヒルデガルト
はい……

ヒルデガルト
……結論かどうかはわかりませんが……

ヒルデガルト
でも……

ヒルデガルト
もう少しだけ……この大地の面白いところを、見てみたいんです。

オーウェル
実に若者らしい答えだ。ではこちらも一つシスターにぜひお聞きしたいことがあります。

ヒルデガルト
恐縮です、なんでしょうか。

オーウェル
あなたは……私たちの事業が、未来であったも、人々から認めてもらえると思っていますか?ラテラーノの声は、もしかしたら私たちと対立する側に立ってしまわれるのでしょうか?

ヒルデガルト
物事の本質をそれが起こる以前に決めつけるべきではありませんよ、少なくとも、この世の森羅万象には敬意を払うべきです。

オーウェル
それは修道院の信条ですか?

ヒルデガルト
ラテラーノ人の一般人情です。それとも、オーウェルさんはただランデン修道院の機嫌を窺っているのですか?

オーウェル
とんでもない。私はただ今回の契約相手がどういった心情で向き合ってくれるのかが気になっているだけです。

オーウェル
自分の商売を疑ったりはしません。ただ、商売の範疇を超えてしまったことが起こってしまえば、どうしても他人の意見が気になってしまうタチでしてね。

オーウェル
シスターはどうお考えかな?

ヒルデガルト
……ランデン修道院に一つ寓話があります。

ヒルデガルト
ラテラーノのとある教会に、信仰のために戦った古代の英傑たちを描いた、恢弘の絵画があります。

ヒルデガルト
各地の芸術家たちは、はるばるその絵を鑑賞するためにやってきて、賛辞や批判、あるいは理性的な沈黙を繰り広げてきました。

ヒルデガルト
――ある時、リターニアのとある冴えない場所からある成金商人がやってきました。

ヒルデガルト
成金商人はとても太った体つきをしていたため、教会に上がる階段を上りたがりませんでした、そこで彼は遠くから教会の窓を覗くようにしたのです、窓を覗き込むと、彼は歪に描かれた悪しき獣を目にしたのです。

ヒルデガルト
そしてすぐさま、この商人は激しくその絵画を批判しました、神聖かつ純潔なるラテラーノにこのような醜悪な絵画を飾るなど、侮辱にも等しいと。

ヒルデガルト
それからその悪しき獣についても、散々批判していきました。

オーウェル
悪しき獣というのは?

ヒルデガルト
彼が見た壁画には実は獣など描かれていなくて、教会の置物やろうそくの影が織り交ざり偶然そういう風に見えた彼の錯覚だったんです。

ヒルデガルト
教会に自ら赴こうとせず、むしろ彼は自分の見識の浅はかな破片から、さらに浅はかな見識を見せびらかした。

ヒルデガルト
どこに問題があると思いますか?

オーウェル
――彼の傲慢さと、偏見ですかな?

ヒルデガルト
この寓話のタイトルは『傲慢な悪しき獣』といいます。もし「教会は何をもってそれほど高い塔を建てるのか」と問われれば、それも確かに傲慢の一種かもしれません。

ヒルデガルト
あなたがしようとしていることは、そのすべての傲慢を打ち砕くことです、それか少なくとも、各国で、各地で、各種族の間の傲慢の中で、トランスポーターという天職から一本の道を見出そうとしてるのです。

ヒルデガルト
その中には、自然と生命の傲慢である――天災も含まれています。

ヒルデガルト
……正直に言いますと、叶えるのは難しいかと。

オーウェル
しかしいずれ誰かがそのための足掛かりにならなければいけまん。

ヒルデガルト
……それを聞いてわたくしも安心しました、金額を交渉するテーブルでは、金額の話を、しかし今のオーウェルさんが抱えているのは金額の問題だけではありません……

ヒルデガルト
今わたくしたちは素晴らしい事業について交渉しているのです。わたくしは本当にあなたの執念に感銘を受けました。

オーウェル
ははは、そうお考えなのであれば、こちらも何も憂いなく心を置ける。

オーウェル
機会があれば、どうか私の息子をラテラーノに連れて行ってあげてください。

ヒルデガルト
もちろんです。

オーウェル
なんせあの子はモスティマと接触したあと、彼が抱いていた「トランスポーター」という概念が、また一つ広がりを見せましたからね、いいこと――ん?どうされましたか?

ヒルデガルト
……なんだか無視できない名前を耳にしたような。

オーウェル
ほう?彼女はそれほど有名なのですか?てっきり彼女の名声はトランスポーター界隈限りだと思っていましたが。

ヒルデガルト
……まあ彼女が追放されたあとのことについては、こちらもあまり聞かされていませんので。

ヒルデガルト
サンクタであればどこに行ってもちゃんと食ってはいけるでしょうね、なんせサンクタですから。

オーウェル
はは、その通りですね。

オーウェル
そうだ、コウテイからこれをあなたにと。

ヒルデガルト
ん?コウテイ?

オーウェル
彼は中々にすごいヤツですよ。チャランポランタンなナリをしていますが、とても頼りになる人です。

ヒルデガルト
これは……連絡住所?しかも……何かの会社の?

ヒルデガルト
ろ……ロドス……どう読めばいいの?

オーウェル
まあ……たまにはコウテイの人選センスを信じてやってください、もちろん私のもね、この連絡にいる彼らもこの大地同様とても面白い人たちですよ。