私たちの姉妹である、ヒルデガルトよ。今日、あなたの門出を祝福しましょう。
あなたの道に光があらんことを、信仰と信念が永久にあなたの共にあらんことを。
ランデン修道院の果てしない鐘の音が……えっ?どうしました?
オホン、えーランデン果てしない歳月を経た修道院の鐘の音が、この数百年ものの……葡萄酒!?
ちょっと、なんでこんなところに葡萄酒?どっから……えっ、じいさんからひょっこり盗んできた?シーッ!シーッ!
とにかくランデン修道院の百年の栄光があなたと共にありますように!ヒルデガルト!こっちに来て!この酒樽を開けるの手伝って!
へへ、送別にこれがないと話にならないものね?じいさんが戻ってくる前に、乾杯!
……
(ドアのノック音)

あれ……寝ちゃってた?

誰かがノックして……もうこんな時間!?

おはようございます、シスター・ヒルデガルト。

……おはようございます、いえもうこんにちはですね、バイソンさん、久しぶりのベッドだったんで、弛んでしまいました。

長旅でお疲れなんでしょう、お疲れ様です。本日のスケジュールを確認しに来ましたが、お邪魔だったでしょうか?

いえ、そちらもお疲れ様です。

なんせラテラーノから……遠い国である龍門へです、気楽な旅とは言えませんね。

そうですね。

初めてラテラーノからこんなに遠くまで出たもんですから……長旅は、ただ風景を鑑賞するほど気安くはありませんね。

あはは、経験豊富なトランスポーターは、色んな方法でストレスを発散すると聞きます……

トランスポーターも楽じゃないですね。

それでヒルデガルトさん、昨晩のお宿はいかがでしたか?

ええ。ダウンタウンから近いし、値段も安い、さすがですね。

費用については、ご心配なく。フェンツ運輸があなたの龍門にいる間の出費を負担させていただきますので。

いえ、ランデン修道院の一員であるゆえ、金銭関係で他者に借りは作りたくないので、遠慮させてください。

なにより、わたくしは修道院が抱えている問題を解決するために異郷の地に赴いたので、いつまでの現地の方々に甘えたり、享楽に溺れるわけにはいきません。

そうですか……その精神に感銘を受けました。

わたくしたちにとっては当たり前のことです。

弊社のオーウェルとの面会は明日の夜ですね、今日はどういったご予定で?

うーん……とりあえず近くを散策してみます。なんせ初めての炎国ですので。

でしたら、ガイドか案内人を手配しましょうか?

あ、結構です。一人で色々見て回りたいので。個人の好奇心を満足させたいだけなので、皆さんを煩わせるわけにはいきません。

そうでしたら……そちらの楽しみの邪魔をしても悪いですね。

ご理解感謝します。

……つかぬ事をお聞きしますが、オーウェルさんは、あなたの父親、ですよね?

ん?ええ、そうですよ、それがどうかしましたか?

いえ、失礼しました。ただ仕事してる時にバイソンさん、オーウェルさんを完全に上司として扱われているので……

ええまあ、ずっと父さんに頼ってばかりじゃ、彼という壁は超えられないじゃないですか?

……あはは、バイソンさんも野心家だったんですね。

とんでもないです、ヒルデガルトさんと気が合うだけですよ、普段顧客とこんな話はしないんですよ。

では、お邪魔しました……

もしそちらのお時間がございましたら、ラテラーノの話も聞いてみたいです。あなたが龍門に好奇心を抱いているように、ぼくもそこについて……色々知りたいので。

構いませんよ。

ありがとうございます、ではよい一日を。
(バイソンが去っていく足音)

……龍門か。

旅費はあまりないけど……まあ適当に回ってみよう。

「きっかけと信仰は、市場と鐘の音に集う」って言うしね。

君の父親も頑固すぎだろ!ここは龍門だぜ!

でもあの職芸は、ウチが代々伝わってきた伝統なんだよ……

いつの時代の話だよ、今時その職芸で稼げるかよ。

……それもそうね。父さんのことも説得してみるわ。

……

そういえばあと何組でウチらの番なんだ?

ウチら21番だから、すぐだね、もうすぐでウチらの番だよ。にしてもこの店すごい人気ね……

……31番。

甘ッ……

ん?

あ……?

えっと……あの、ラテラーノからいらした旅の方ですか?

ん?わたくしのことをご存じで?

あ、はい、実は今ある事情で家に住めなくなって、龍門近衛局にあなたと同じホテルを手配してくれまして……えっと、それで実は私はお向かいの……

なるほど……それはまた偶然ですね。

あ、失礼、先に自己紹介しませんとね。わたくしはラテラーノのランデン修道院所属の、ヒルデガルトです。そちらは?

そそそそそんな畏まらなくても大丈夫です、私はただの一般エンジニアです……エンジニアコードネームのスノーズンドとお呼びください……

……しかし、あなたのような方が、どうしてもっと高級な部屋に泊まられないんですか?

あはは……実はちょっと苦衷がありまして、でも自分を戒める意味合いで今のホテルに泊まっています。わたくしにもそんな畏まらなくて大丈夫ですよ、今のわたくしはただの旅人ですから。

はい、食べますか?

これは……ケーキ?

なんだか有名店だったので、二つほど買ってきました、まさかこんなに味が甘かっただなんて思いもしませんでしたよ。

しかし、これほどのものが龍門で広く歓迎されているのでしたら、修道院の商品は一部でも歓迎されるとは限りませんね……

本当に私に分けてくれるのですか!?

え?あ、はい。

あ、ありがとうございます……

(なんか三日間何も食べてない獣みたい……)オホン、ゆっくり召し上がってください。

……スノーズンドさん、でしたよね?ちょっとわたくしの散策に付き合ってくれませんか?

うぐっ、ぷはぁ。も、問題ありませんヒルデガルト様!今日お暇なので!

さ、様はやめてください、なんだか申し訳ないじゃないですか……

いつの間にか、夜になってしまいましたね。

鐘の音が鳴かない日……

ヒルデガルトさん、どうかしましたか?

あ、いえ。ただ時間が過ぎるのが早いなと思っただけです。

まあ今日はお休みの日ですからね、渋滞は相変わらず酷かったですけど、ちょっと龍門のダウンタウンを回ったら、もう暗くなっちゃいましたもんね。

……スノーズンドさん、クルビアってどういったところなんですか?

ん?そうですね……と、とにかく何もかもキラキラしてて、すごく技術が発達してる感がすごくて、それと……

人が近寄りがたいところですかね……?

も、もちろん、私は研究所とその周辺しか行ったことがなくて、むしろ仕事場から2km離れたところは行ったこともないと言うかなんと言うか!

うぅ、あのただ仕事場と自宅を往復するだけの生活を思い返すと……胃もたれが……

あはは……言わなかったことにしてください、あまり無理しないように。

はぁ。

……ヒルデガルトさんは、そのランデン修道院は……どんなところなんですか?ラテラーノに関しては公証人役場しか聞いたことがないので……

……パンですかね。

パン?

あそこは麦畑と山の丘に建てられた、古い修道院なんです。

当初は教皇を護衛するための戦士を育てる場として建てられました、公証人役場の教皇騎士と違って、ランデン修道院は各大地各国家からやってきた様々な人たちを接収していたんです。

しかし……

ごくり、しかし……?

ここ数年平和すぎるんです!私たちの仕事もほぼ役場に取られてしまっちゃったんです!今年なんか一人も新入りが入ってこなかったんですよ!ご老人たちも修道院に自生する力を付けさせるためだとか言って予算をケチってるんです!

……倒産してしまいます。このままだと長い歴史を誇ったランデン修道院が財政破綻で倒産してしまいますぅ!!

ヒルデガルトさん、修道院が倒産って用語を使っていいものなんですか……?

あまりにも合致しすぎていますからね、仕方ありません。

オホン。

それでヒルデガルドさんはラテラーノを発ったのですか?

……倒産を回避する方法を探さなくてはなりませんからね。幸い修道院の名は外でも知られています、見掛け倒しだけだと思ってる人もいるでしょうが、わたくしたちにはまだ大きな麦畑が残ってますし……

今日はありがとうございました、スノーズンドさん。

と、とんでもないです!今日は元から予定も何もありませんでしたので……

私の部屋は152番ですので、何か用事がありましたら、声をかけてください……家が片付くまで、ずっとここに泊まってますので!

わかりました。

おお、シスター・ヒルデガルト、ようこそ。

オーウェルさん、今日はお会いできて光栄です。

なんのなんの、そう固くならないでください、シスター・ヒルデガルト、我々は企業文化からして堅苦しい会談はあまり好んでいませんのでね。

わかりました……

では、まずはランデン修道院と龍門のビジネス契約の件のお話を――

……流石ですね。プランはとっくにすべて作成済、今日は、ただわたくしにそれらを伝えるためだった、そうですよね?

恐縮です。

……まごうことなき完璧。わたくしの今の見識だけでは、あなたとトランスポーターの仕事について完全に話し合いできかねました。

ハハハ、ランデン修道院の修道士に認めてもらえるとは、光栄です。

オーウェルさん、わたくし個人として、あなたに何個か質問を尋ねさせてください。

なぜわざわざランデン修道院を選ばれたんですか?

フェンツ運輸みたいな体力ある会社が、トランスポーターのルートを設置し、システムを完成させたければ……

とんでもない、ランデン修道院とこうして長期協力関係を結ぶことができたんです、光栄の極みですよ。

……

――物流会社が限界まで行ける最遠距離はご存じですかな?

それは一体?

このフェンツ運輸とて、及ぶのはせいぜい龍門とその周辺にある炎国の大都市の五つだけですなんですよ。

……ウルサスとヴィクトリアには届かないのですか?龍門は炎国の重要な対外の要衝なんですよね、だったら国外にも……

大部分の一般市民の想像と違い、物流会社は国外から注文を受けても己の全力を発揮するのは極めて困難なんです。

合法的に越境できたとしても、ほとんどの物流会社は現地の業者あるいは政府のトランスポーター機関に業務を委託させるんです、他国のトランスポーターの自国の領地への跋扈を許すほど寛容な国はいませんのでね。

もちろん……これはあくまで「表」でのやり方、だからといってグレーな部分を我々の今回の対談の範疇に納める必要はありません、その点はご安心を。

そうだったんですか……

あなたの言うように、情報や、中継等の分野で安定した締結にかかるコストと、修道院の商品利益は決してイコールではありません。

天災トランスポーターが基地に駐在する時にかかるコストだけでも、ド肝を抜くほど高いですからね。

しかし、今回の締結はラテラーノへ開かれた道。あなたならその意味は分かるでしょう。

これは私の理想の青写真の一環なのですが、その道の彼方に行けば、トランスポーターたちは文化や種族の壁を越え、手と手をつなぎ合わせてこの大地の隅々までその手が届くようになるのというのが私の理想です。

当然、様々な原因により、そんなこと実現できないことぐらい理解しています。種族、文化、歴史、気まぐれで迷惑をかけに来る天災とかによってね。

この大地には国家間の団結を断ち切る要素があまりにも多い。

戦争に耐え忍び、天災に抗う必要もあるでしょう、そんなことがこのわけ隔てる大地で成功するはずもないでしょう――

しかしだからといって……その架け橋が存在してはならないという意味ではありません。

であれば、我々でまずその大波を切り拓いてみようじゃないか。

とある手段によって……私は理解しましたよ……教皇猊下はこういった考えには非常にご寛容であることをね、そして、ラテラーノが我々の試行錯誤の第一歩であることも。

……

シスター・ヒルデガルト?

いえ、申し訳ないです、まさかこんなことが聞けるなんて思ってもいなかったので……

……ご子息はその、えっと、その雄大な青写真のことはご存じなんですか?

まだ知られていませんよ、あの子はまだまだ鍛錬が必要ですからね。言ったはずです、この事業は一朝一夕では成せないと、私はその架け橋を自らの手でかける人ではないのかもしれない、もしかしたらあの子がその橋を架けてくれるかもしれない。もちろん、あの子でもないのかもしれない。

しかしあの子は私の子です、それだけで十分なんですよ。

……貴社と締結できたこと、ランデン修道院にとって貴重な体験となりましょう。

こちらこそ光栄に思います、シスター・ヒルデガルト。

……正直に言うと、オーウェルさん、わたくしの考えはいたってシンプルです。わたくしは自分たちの修道院が好きです、ランデン修道院の素晴らしい文化も引き継がれるべきだとも思っています。

だから、それを途絶えさせたくないんです。

あなたの望みに比べれば、わたくしたちの動機はいささか私利私欲に塗れているでようね。

そんなことありませんよ、シスター・ヒルデガルト。我が家を愛し我が家に心を痛める、決して卑下するようなことではありません。

――それに修道院に迷惑が降りかかるんじゃないかと心配する必要もありません、ランデン修道院はあくまでラテラーノの修道院なのですから。

ふふ、そういう意味ではありませんよ、思い過ぎですよオーウェルさん。

なんの、シスターこそですよ、私みたいな年齢になれば、あなたほど冷静沈着ではいられますまい。

そろそろいいお時間です、明日シスターへの晩餐会を用意してありますので、その前に、どうかごゆっくりとお休みください。

……何もかも順調。本当にすごい人だったなぁ。

しかし……

はぁ、もうやることはなさそう……
これから何をしよっかな。
全然わからない。
仕事でも探す?しかし探すにしてもどうやって……
(爆発音)

うわッ――な、なに?

どうしていつもいつもこんな感じになっちゃうの……

そろそろ慣れたらどうなん?

仕事の途中でアクシデントによる爆発でみんなの注目を集めることにですか?

ちょい待ち……見つけたで!このドロボー!逃げるなや!
(爆発音)

うわぁ……コソ泥相手に派手にやりすぎでしょ……一体何を盗まれたら、ああなるの……
(ドアのノック音)

どちら様ですか?

スノーズンドです!

どうぞお入りください!

あのぉ……お邪魔しちゃいましたか?

いえそんなことは、どうかしたんですか?

……そのですね、ひひひ一人でやることもなくて、昨日のこの時間辺りに、自分の小型清掃無人機23号を改良してたんですけど……

……23号?

え、あ、はい、もっと簡単な源石回路を作ろうと思ってたんですけど、そのカーテンを燃やしちゃって、そのぉ……

うぅ……保険には一応入ったんですけど……カードの残高がもう……

わ、分かりました、大丈夫ですよ、それにちょうどいいタイミングで来てくれました、下のあの人たちのことは知っていますか?

下?そういえば、さっきから騒がしいですね……

テキサスさん!そっちに向かいましたよ!

わかった!

あわわわ……あ、あれはペンギン急便のみなさん……

……ペンギン急便。聞いたことがある名前ですね。

彼女たちは……えっと、市街地で車をドリフトしてもう一台の車を無理やり止めさせましたけど?

あ、はい、いつものことですよ。

いつものことなんですか……

彼女たちの名前とかは知ってますか?

え?あ、実は仕事の関係上、彼女たちとはよく会うんですよ……

車を運転してるクールなループスは、テキサスさんです。あのハンマーを振り回して人を追っかけてる元気なお姉さんがクロワッサンさんで……

(本名には聞こえない。わたくしも何かつけたほうがいいのかな……)

あ、ちょうど今争いを止めてるのかわいいお姉さんがソラさんで……以前は結構有名なアイドルの方だったんですよ、やっぱり修道院の方にとってアイドルは馴染みないですか?

アイドル?

つまり、えっと、歌手とか、スターとか、そういう意味ですね。

スター……

修道院は多くの規律が敷かれてるけど、実際そんなに厳しくはないんです……少なくともここ数年はそうでした。

スターになるって、どんな感じなんですか?

私も知りたいですね……

あ、ここのホテルのテレビだとライブとか見れますよ、見てみますか?

……まあ時間も空いていますし。

じゃ、じゃあ見てみましょうか……げっ……料金が発生するの……あっ、無料の番組があった……
わたくしも想像を巡らせたことはある。
外の大地には、きっとわたくしが今まで見たとこもない景色が広がっているんだって。

……

あっ……もうこんなに時間が経って――

すぅ……すぅ……

あら……

付き合ってもらってごめんなさいね……おやすみなさい、スノーズンドさん。

んん――

観てたら逆に元気になっちゃった……

テレビかぁ。修道院にもテレビはあったけど……

あんな小さな箱で、大地の隅々を見ることができるなんてね……

……アイドルか……

いやいやいやわたくしは一体何を考えて――

うーん……

……カジミエーシュの騎士も、悪くはなさそう……ただいつも騎士競技には変な違和感を憶えるんだけどなぁ……まあ機会があったら見に行ってみよう。

……リターニアの術師たちもかなり煌びやかな感じがするなぁ、確かアンジェリカ姉さんは修了したあとリターニアに行ったんだっけ、確か音楽学院に入ったとか……?

はぁ。

……今日の星はキレイだなぁ。

詩人は星々に言葉をかけ、旅人は夜に幾千万もの想いに耽る、そして俺は、どの星に俺の名前を刻み込んでやろうかすでに決めてある。

こんばんは、お嬢さん。

……ど、どちら様で?

ああ、この前あんたが俺のバーから出てきたところを見かけてな、あの時はちょっと別のアクシデントで忙しかったが。

えっ……でもあそこはフェンツ運輸の……

オーウェルだろ?あの牛に買い落されたのは確かだが、あそこのバーテンダーは依然この俺だ!バーテンダーはバーにとっての魂!つまりあそこの魂はこの俺だ!

……
(無線音)

おっと……連絡だ、ちょっと待ってくれ。

なに?模造品?すり替えられただと?

なら何をボサッとしてんだ、そいつらの船を吹き飛ばしてやれ!そうだ!俺の言う通りにしろ!なに?もちろん俺も行くぞ、お前らだけおいしいとこを食わせてたまるもんかよ!

(いやどう考えても非合法的な話だ――!?)

オーウェルとなにを話したんだ?

そんなの言うわけ――

ああ、言わなくてもわかる、どうせまた色んな契約を結んであれこれ可能性を導き出そうとしてんだろ、あいつもご苦労なこった。

この大地はなかなかに面白いだろ、お嬢さん。

急になにを――

だが今のあんたは、ちと独創性に欠けてる。

大丈夫だ、あんたのことは気に入ってる、なんせパウロ・ランデンは真面目なガキだったからな、あいつは銃を持つ姿より筆を握ってる姿のほうがお似合いだったぜ!
(自動車のブレーキ音)

あいつらを見つけたぞ、ボス。

ちょっと待っ――

まあそういうことだ!そんじゃあいつらを川に沈めてやるか!
(自動車のエンジン音)

はぁ……

パウロ・ランデン……修道院の創始者だよね?あの変な人は一体何を言ってたの……

……あんな人もいるんだ。

……オーウェルさん、龍門を出る前に、どうして一つお聞きしたいことがあります。

何なりと。

どうしてまたここのバーなんですか?

あははは……ちょうど知人からここを買い落したんですよ、ここの雰囲気が気にいってね、騒がしくもない、汚くもない、それに煌びやかだ。

一般のバーは普通こうじゃないんですよ、少なくとも龍門のバーはね、ラテラーノのバーはどんな……いや、修道士はきっとバーとは無縁なのでしょう。

完全に無縁というわけではありません、礼拝日の修道士宿舎はバーとそれほど変わりませんよ。

はは、なるほどそういうことでしたか、どうりでシスター・ヒルデガルトとこうして話をしていると盛り上がるわけだ。

しかしここを買い落した一番の理由は、ある時急にこのバーの名前が気に入ったからなんです――

――「大地の果て」という名前にね。

そして今この時、私たちはその「大地の果て」にいるんですよ。

……そうだったんですね。

では、このプロジェクトが理想的な結果をもたらしてくれるよう、乾杯。

乾杯。

いつご出発を?

本来であれば、明朝9時です。

ほう……本来とは?

……考えが変わったんです。

ではそちらのご予定に、こちらのトランスポーターは必要ですかな?

……結構です。どうせ今回修道院を出たのは、一つ二つの用事のためだけじゃありませんでしたので。

大切なのは、わたくしの信仰が発揮できるどこかを探すことです。

なるほど、では結論はもう出たのですね?

はい……

……結論かどうかはわかりませんが……

でも……

もう少しだけ……この大地の面白いところを、見てみたいんです。

実に若者らしい答えだ。ではこちらも一つシスターにぜひお聞きしたいことがあります。

恐縮です、なんでしょうか。

あなたは……私たちの事業が、未来であったも、人々から認めてもらえると思っていますか?ラテラーノの声は、もしかしたら私たちと対立する側に立ってしまわれるのでしょうか?

物事の本質をそれが起こる以前に決めつけるべきではありませんよ、少なくとも、この世の森羅万象には敬意を払うべきです。

それは修道院の信条ですか?

ラテラーノ人の一般人情です。それとも、オーウェルさんはただランデン修道院の機嫌を窺っているのですか?

とんでもない。私はただ今回の契約相手がどういった心情で向き合ってくれるのかが気になっているだけです。

自分の商売を疑ったりはしません。ただ、商売の範疇を超えてしまったことが起こってしまえば、どうしても他人の意見が気になってしまうタチでしてね。

シスターはどうお考えかな?

……ランデン修道院に一つ寓話があります。

ラテラーノのとある教会に、信仰のために戦った古代の英傑たちを描いた、恢弘の絵画があります。

各地の芸術家たちは、はるばるその絵を鑑賞するためにやってきて、賛辞や批判、あるいは理性的な沈黙を繰り広げてきました。

――ある時、リターニアのとある冴えない場所からある成金商人がやってきました。

成金商人はとても太った体つきをしていたため、教会に上がる階段を上りたがりませんでした、そこで彼は遠くから教会の窓を覗くようにしたのです、窓を覗き込むと、彼は歪に描かれた悪しき獣を目にしたのです。

そしてすぐさま、この商人は激しくその絵画を批判しました、神聖かつ純潔なるラテラーノにこのような醜悪な絵画を飾るなど、侮辱にも等しいと。

それからその悪しき獣についても、散々批判していきました。

悪しき獣というのは?

彼が見た壁画には実は獣など描かれていなくて、教会の置物やろうそくの影が織り交ざり偶然そういう風に見えた彼の錯覚だったんです。

教会に自ら赴こうとせず、むしろ彼は自分の見識の浅はかな破片から、さらに浅はかな見識を見せびらかした。

どこに問題があると思いますか?

――彼の傲慢さと、偏見ですかな?

この寓話のタイトルは『傲慢な悪しき獣』といいます。もし「教会は何をもってそれほど高い塔を建てるのか」と問われれば、それも確かに傲慢の一種かもしれません。

あなたがしようとしていることは、そのすべての傲慢を打ち砕くことです、それか少なくとも、各国で、各地で、各種族の間の傲慢の中で、トランスポーターという天職から一本の道を見出そうとしてるのです。

その中には、自然と生命の傲慢である――天災も含まれています。

……正直に言いますと、叶えるのは難しいかと。

しかしいずれ誰かがそのための足掛かりにならなければいけまん。

……それを聞いてわたくしも安心しました、金額を交渉するテーブルでは、金額の話を、しかし今のオーウェルさんが抱えているのは金額の問題だけではありません……

今わたくしたちは素晴らしい事業について交渉しているのです。わたくしは本当にあなたの執念に感銘を受けました。

ははは、そうお考えなのであれば、こちらも何も憂いなく心を置ける。

機会があれば、どうか私の息子をラテラーノに連れて行ってあげてください。

もちろんです。

なんせあの子はモスティマと接触したあと、彼が抱いていた「トランスポーター」という概念が、また一つ広がりを見せましたからね、いいこと――ん?どうされましたか?

……なんだか無視できない名前を耳にしたような。

ほう?彼女はそれほど有名なのですか?てっきり彼女の名声はトランスポーター界隈限りだと思っていましたが。

……まあ彼女が追放されたあとのことについては、こちらもあまり聞かされていませんので。

サンクタであればどこに行ってもちゃんと食ってはいけるでしょうね、なんせサンクタですから。

はは、その通りですね。

そうだ、コウテイからこれをあなたにと。

ん?コウテイ?

彼は中々にすごいヤツですよ。チャランポランタンなナリをしていますが、とても頼りになる人です。

これは……連絡住所?しかも……何かの会社の?

ろ……ロドス……どう読めばいいの?

まあ……たまにはコウテイの人選センスを信じてやってください、もちろん私のもね、この連絡にいる彼らもこの大地同様とても面白い人たちですよ。