
そういえばさイェギーさん、スティッチの師匠ってどういう人だったの?

やはり何か意図があってワシについて来たおったのだな。

スティッチが気になるか?

あはは、分かる?

せっかく知り合ったんだ、みんなと仲良くなりたいし仲良くなってほしいからね。

ならあいつの師匠のこともきっと気に入るはずだぞ。

ヴィンチ・キャンパス、ここゼルエルツァで一番人気のある建築デザイナーだった。

彼の設計思想はドゥリンたちの流行りと比べてもいつも異質なものだったが、彼が説明すればみーんな彼のデザインに惚れこんでしまう。

彼の言葉を借りると……なんて言ったかな?あぁそうそう、「私たちの見境ない欲望に抗うためだ」だったな。

彼の理論は独特なものだったが、嫌いな人はいなかったよ。

じゃあどうしてそんな人がゼルエルツァを出て行ってしまったの?

さあな。

え?

忽然と姿を消したんだ、誰に伝えることもなく。

なんか……変な話だね。

一応誰しもがその才能を認めるような素晴らしい弟子を残していたんだが、まあ性格がな……お前も知っての通りだ。

あはは、ああなったのはきっと師匠が消えたからなんじゃないの?

その通りだよ。
(測定終了の報告音)

おっ、測定が終わったっぽいね?

ふむ、どれどれ……

これは……

どうだった?

はぁ、ワシの予測通りだ。

残された時間はやはり持って一か月といったところだな。

一か月?ならエレベーターを拡張するには十分だぜ。

おおガヴィル、来たのか。
(ガヴィルとトミミが近寄ってくる)

ああ、だがアタシに手伝ってもらう必要はもうなさそうだな。

ああ、ここまで測定すればもう十分だろう。

アヴドーチャを説得できたのか?

ああ、ゼルエルツァの市民を説得してくれるってよ。

そうか、なら後で市内全域に今の状況を伝えておくか。

地上へ上がるかどうかを決めることもさることながら、ドームの一件も片付けておかねば。

あ?ドーム?ドームと何の関係があるんだよ?

……すっかりドゥリンらしくなりおって。

ドゥリンの都市が災害に見舞われることはめったにない。だが一生に一度、我々ドゥリンはどうしてもこういった大災害と鉢遭うことになる。

故郷を切り捨てることになってもワシらはなんとも思わんさ。

だがな、切り捨てる前に、せめて自分らの都市を一番いい状態にしてから都市に滅びを迎えてほしいんだ。

そりゃいいね!なんだかロマンあるな!

そうか?ワシらにとっては至って普通のことだが。

ドームをほったらかしにしていたのにはそれなりの理由があったからなのだが、今となってはそうもいかん、なんとかせねばなるまい。

ドームで思い出したんだが、スティッチはどうしたんだ?

ヤツならお前たちと一緒にいるんじゃなかったのか?

え?お前んとこに行くって言ってたぞ。

スティッチさんですか?

ああ、どこに行ったか知らねえか?

私たちが洞窟に入る時にすれ違いました?ただ何も言わずに、そのまま洞窟の外に出て行っちゃいましたけど。

はぁ?

さっきは私たちに地図はあると自信たっぷり言ってきたくせに、今じゃその地図はこの本棚に収蔵されてる本のどれかに挟まれているですって?

オホン、仕方がないじゃありませんか。

地上に戻ることに一切関心のない人が、むかし先人が残してくれた路線地図の存在を憶えていたことだけでもありがたい話ですわよ。

時間はまだある、あの洞窟が本当にお前たちの言うように複雑に入れ乱れているのなら、ここで多少時間を費やしても構わないと思うぞ。

それで、その地図が挟まれてる本の題名は憶えているか?

忘れましたわ。確か作者のドゥリンが地上で遭遇した遍歴を書き記した旅行記だったような……

聞いても無駄だと思うわよ、私たちはドゥリンの文字が分からないんだから。

確かに分からないが、そこは私たちの友人にお任せだな。

ズゥママ、手伝イガ必要デスカ?

ああ、さっきアヴドーチャが言っていた地上の洞窟へ通じる路線地図が挟まれた旅行記の本を探したい。

図書館、書籍ノ整理メッタニサレナイ、探ス難易度、高イ。

もし見つけてくれたら、みんなを徹底的にメンテナンスしてやるぞ?

ズゥママ、友ダチ、ズゥママヲ手伝オウ!

ズゥママヲ手伝オウ!ズゥママヲ手伝オウ!

そう、なら頑張ってね。私は外で待っているから、何かあったら呼んでちょうだい。
(イナムが立ち去る)

ああ。

それと……大祭司!

ここにおるぞ。

手を貸してくれ。

なっ、なんなんですのこの生き物は……!?

私の友だちだ。

まずドゥリン語は分かるかとワシに聞いてみたらどうなんじゃ、ズゥママ?

分からないとでも言うのか?

ふむ、まだ根に持っておるのか?ワシが地下で何が起こってるのかを教えなかったことに。

ならワケを話そう、もしワシの知ってることを全部お前に教えることになったら、それこそお前が移動都市を作れてしまう日まで終わらなくなってしまう。

ワシ個人としては知識への理解とは重要なポイントを押さえてなければ話にならんと思うてる、まあ個“人”ではないがのう。

手伝うのか手伝わないのかどっちなんだ?

本を見つけた際にワシを許してくれるのなら手伝ってやるぞ?

いいだろう。

あれ、イナム、なんで図書館の出入り口にいるの?

待ちぼうけよ、そういうあなたは?

図書館の改装工事について話し合いたいってここの管理人に呼ばれたからだよ。

ずっとやりたいって言うんだけどいつも引き延ばしちゃう人でね、だから今日こそ決めてくれないかなと思って。

……前からずっと気になってたんだけれど。

さっきの市内放送を聞いても周りのドゥリンたちがバタバタしていないことは一先ず置いといて。

どうして今になってみんな改築なり改装なりをしようとしているのかしら?

えっ?あぁそっか、あなたは地上の人だもんね、理解できないのも当然か。

あなたたちって移動する都市を作って災害から逃れているんだよね?

ええ。

そっか。でも私たちは違うんだ、私たちの都市は移動できないからね。

地下に作られた都市だから、移動するにも一苦労なのは想像できるわ。

移動都市を作る計画なら私も聞いたことはあるよ。

ほら、ドームの上にドリルかなんか付けて、都市の下に車台かなんか付けたらさ、実現できそうじゃん?

えっと……その分野のことはあまり詳しくないのだけれど、聞く限りじゃ私たちの移動都市よりも全然クレイジーな感じね。

まあ実際それを本当に実現しようとした人は一度も見たこともないんだけどね。

ともかく、私たちの都市は移動ができないんだ。

でもね、どの都市にも源石鉱脈を検知したら警報を発する測定設備なら備えられているんだよ。

それで天災トランスポーターの仕事を代わってくれたらいいのに……

天災トランスポーターのことなら私も聞いたことあるけど、多分変わりにはできないと思うかな。だってアレ、所詮源石鉱脈の検知しかできないんだし。

それもそうね。今もまだ源石鉱脈が完全に活性化するまで時間はたっぷりとある、あなたたちが避難し終えるぐらいには。

でも天災ってのはね、少しでもその兆しを見せたらすぐに襲い掛かってくるものなのよ、だからゆっくり避難準備に割ける時間もない。

じゃあ何かしら、あなたたちってのはもう自分らの都市を放棄することに慣れてしまっているってことなの?

いいや、その真逆だよ。

私たちドゥリンは何よりもこの地にあるものを愛しているんだ。機械も建物も、私たちが作ってきたどの都市も。

災害が避けられないものであれば、私たちの都市もいつかは必ず滅びを迎える。

そういった現実がある以上、いつしか私たちはこういった考えを抱き始めたんだ。

災いが起こればその都市から人は消えていく。けどその災難がもし一時的なものだったら、将来はまたほかのドゥリンやその子孫たちがその都市にやってくるかもしれない。

そんな彼らはきっと都市の残骸を目にして嘆くだろうね。でもかつてその都市に住んでいた私たちは、そんなことを望んじゃいない。

逃れられぬ運命に対して、私たちは本当にただつき従うことしかできないのだろうか?

そんなの到底受け入れられないよ、だから私たちは――

災いがやってくる前に、自分らの都市をあるべき姿に建て直してから都市に滅びを迎えてもらうことにしたんだ。

後からやってきた者たちに私たちの技術の結晶を賛美させ、私たちが残したモノに驚き、私たちが成し遂げたことに祝杯を上げさせるためにね。

私たちだってそうするよ?人のいなくなって寂れてしまった都市を見たらね。

もちろん故郷を捨てることには悲しみを覚えるさ、でももう慣れちゃった。

ただそんなことよりも私たちは、今その故郷をあるべき姿にしてあげることに意味を見出しているんだ。

いわゆる、都市に施す死化粧ってとこかな。

……ロマン溢れる考え方ね。

そりゃそうさ。何より、一番肝心な工業設備を手元に残しておけば、いざ新しく都市を作ることになってもロボットたちの助力もあれば数か月で終えることができるからね。

じゃなきゃ、そもそもこんな考えなんか抱かないよ。

ふふ、それもそうね。
(スティッチが横切る)

ねえあれ……スティッチじゃない?

これは……違う。

これも違う。

これは……あれ、どうしてこの本がこんなところに?あとで戻しておきましょう。

その本は、カジミエーシュの騎士ものだな……お前のか?

あぁ、そういえば多少なりとも知っていたものね、あなた……

ええ、むかし上から持ってきた本ですわ。

そうか……

なあアヴドーチャ、どうしてウルサス人のお前が、ウルサスから逃れてこんなドゥリンの都市までやって来たんだ?

……

妾の家族は……無意味な貴族の争い事に巻き込まれて死んでしまいました、妾もやむを得ずそこから逃げてきましたの。

追っ手に追われていた最中、ある洞窟に逃げ込みましたわ。

その洞窟はあのエレベーターの上にある洞窟と同じぐらい複雑な造りをしていましたわ、そして偶然にもそこで地下へ向かうエレベーターを見つけましたの。

そうこうしてるうちに、妾は運よく生き延びた。それだけですわ。

そうか、確かに運がよかったな。

……ほかに感想はないんですの?

ほかに何か感想を述べてほしかったのか?

……はぁ、あなたもあのガヴィルの友人なだけはありますわね。

私はロドスでもそれなりに似たような話をたくさん聞いてきた。

お前が生き残れたことは、まさに幸運そのものだよ。

降りた先がこんな素晴らしい都市なんだからな。

……そうですわね。

本当なら、妾は自らの境遇に憤るものだと思っておりました。

妾の一家がなんの罪を犯したというのか、善良なる市民だった両親がなぜ悪人どもに恨まれる必要があったのか、と。

しかし、そんなことはありませんでしたわ。

妾の父は、最期になっても彼の相手を呪うばかりだった……自分の家族を気に掛けることもなく。

妾の母も、妾が勝手口から我が家を逃げ出した後……そのまま姿を晦ましてしまいました。

そんな妾は、たかがウルサスに蔓延っていた数多くある陰謀に巻き込まれてしまった、哀れな犠牲者の一人に過ぎなかったのです。

あなたの言う通り、妾は幸運ですわ。だから妾は、九死に一生を経て手に入れたこの幸福を大事にしたいんです。

そうだろうな。

……

なあアヴドーチャ、お前本当はガヴィルと一回派手に戦ってみたいんだろ?

……なぜ今の話でそう思いつくんですの?

よくよく考えてみれば、お前はあの場で本心を言えずにあいつに説得されてしまったんだろう?

あいつにもう一度自分の考えを伝えようと思ったが、タイミングを失ってしまった。だから今こうして我慢している、違うか?

ガヴィルのあの性格にムカついた人たちならたくさん見てきたさ、私もたまにそうなる。お前もきっとムカついた側の人間だろう。

……バレてしまいましたか。

ええ、その通り。妾にとってガヴィルさんみたいな人は初めてですわ。ウルサス人としてもドゥリンとしても……ああいう人はどうしようもありません。

どうしても我慢ならないのなら私に言ってくれ。こっちを手伝ってくれたら、後でガヴィルにお前のことを伝えておいてやろう。

……結構ですわ、そこまで野蛮な人間に成り下がるつもりはないので。

けど、一つ提案があります。

避難はしますが、そのまま地上に残るつもりなど妾にはありませんわ。

今回の危機が去った後、ドゥリンたちにも地下へ戻るように説得して参ります。

無論せっかく築いたご縁ですから、このまま断ち切るわけにも、断ち切られるわけにもいかないでしょう。

それにあなた方ティアカウは少なからず話が通じる相手、だと思います。

ですのでドゥリンたちが地下で都市を建て直した後、あなた方もこれを機に、あんな木々しか生えていないようなジャングルから地下へ引っ越して来ては如何でしょう?

そうなればガヴィルさんみたいな人であってもきっと理解してくれるはずですわ、ドゥリンたちの生活がいかに素晴らしいのかを。

それは……遠慮しておこう。

なぜですの?

とりあえず地図を探そう、話はそれからだ。



