
オホン、ではゼルエルツァの諸君、これにて会議を開催する。進行はこの環境気候管理代表のイェギー・ホロウアースが勤めよう。

さて、みなをここに呼び集めたのはほかでもない、我らゼルエルツァの未来に関することだ。

ワシが出した測定結果に基づき、代表らがすでにいくつかの案に絞ってくれた。だから今日、ここでその案をみなで決めたいと思っている。

もちろん、この都市の景観についても議論しておきたい。

だがその前に一つ、アヴドーチャからみんなに伝えたいことがある。

アヴドーチャ、本当に大丈夫?

ずっとゼルエルツァに住んできたし、みんなもあなたのことは知ってるけどさ、こうしてみんなの前に立つのは初めてなんじゃない?

そうですわね。

よしアヴドーチャ、出番だ。

イェギーさん、少々長くなってしまうかもしれませんが、それでもよろしいですか?

構わんさ、お前がワシの最長記録を超えられるとは思えん。なんせほぼ全員が居眠りをしてしまうぐらいの長話をしたことがあるからな。

そんなことがあったんですの?

あっ、確か途中から地質学の話になった回だよね?

午後から夜までずーっとぶっ通し、マスターも限界になってやっと話が終わったんだっけ?

ご心配なく、妾ならそんな長くはなりませんわよ。

さあ行ってくれ、アヴドーチャ。きっとこれは、地上人としてのお前がここに来てからのある種のケジメにもなるだろうよ。

……ありがとうございます、では行ってきますわね。
(アヴドーチャが立ち去る)

本当にアヴドーチャだ!

アヴドーチャ!何を言おうが俺はお前を応援するぞ!

なぜワシの時はあんな感じに歓迎されなかったんだ?

だってあの最長記録を除いても、あなたが受け持った会議はどれも長ったらしいものばっかりだったでしょうよ。

小娘め、毎回会議で居眠りをしてるくせによく言うわい。

今日は寝ないわよ。だって今日のアヴドーチャ、なんかいつもと雰囲気が違うんだし……一体何を話すつもりなんでしょうね?

よかったぁイェギーのスピーチじゃなくて……じゃなきゃまた苦い思い出を増やすことになっていたわ。

アヴドーチャさんは美人だし、何より声も美しい。彼女のスピーチを聞けるなら俺は何度だってここに足を運んでやるぜ。

ゼルエルツァの皆さん、こんにちは。文学代表のアヴドーチャですわ。

本日は妾がゼルエルツァのこの先に関する会議を受け持ちますわね。

ただし具体的な案を決める前に、まずは皆さんに一つ知って頂きたいことがあります。

妾の過去についてですわ。

今ここにいるアヴドーチャ・ライティングではなく、アヴドーチャ・ニコラエヴナ・イワノヴァの過去についてです。

ここへやってきてから、妾はたくさんの物語を作り、たくさんの人たちに妾のことを知って頂きました。

しかし一つだけ、まだ皆さんと共有していないことがあります。

今日はぜひ、それを皆さんにも知ってもらいたいと思っておりますわ。

……

妾はウルサスの貴族家庭の生まれでした……
自分は一体何を話せばいいのかと、最初アヴドーチャは困惑した。
しかし口を開ければ、一瞬にして記憶が湧き出る泉のように蘇っていく。
何を話せばいいのかが分からなかったのではなく、あまりにも話したいことが多すぎたがために、どこから話していけばいいのかが分からなかったのである。
これが彼女にとって何を意味しているのかなどドゥリンたちには知る由もなかったが、彼女自身ははっきりと分かっていた。
これは彼女がドゥリンの都市へやってきてから、初めて自らの過去を顧みることであったのだ。
時間が過去を濯いでいき、自分がウルサスの一部であったことを忘れ去って生きていきたいと何度強く願ったことか。
しかし、彼女は今この時に知ったのである。自身の生まれを忘れることも、自らの過去から逃れることなど永遠に叶わないのだと。
だがガヴィルとその傍にいる人たちを見て、彼女は気付きを得たのであった――
それも悪くはないのだと。
話していくうちに、過去はまるで湯水のように、少しずつ彼女を浸していく。ドゥリンもまた彼女の過去話へと引き込まれていく。
もはやアヴドーチャが過去から苦痛を感じることはなくなっていた。ドゥリンたちもまた彼女の苦しみを分かち合ってくれていたのだ。
自分の部屋に座り込んでいたスティッチは、何も考えたくはなかった。
だがそんなことできるはずもないと、彼は気付いていた。
これが自分にとっての最後のチャンスなのだと、どうしても気付かされてしまう。
もしこのチャンスを逃せば、自分は永遠に師匠を超えることはできない。
ましてや今度こそ超えなければ、自分でも言葉では言い表せられないナニかに挫けてしまう予感がしていたのだ。
それをスティッチはよく分かっていた。
だがそれでも、彼にはできない。
ゆっくりと頭を抱え込むスティッチであった。。
そこへ“コンコンコン――”と。
ノックの音が聞こえてきた。

おーいスティッチ、中にいるんだろ?

……

おーい、中にいるのは知ってるんだぞ?

オレに構うな!

それは無理だ、お前に用があるんだ。

もしドームのことならカチに頼め、オレはやんないぞ。

それも無理な話だな。

どうしてだよ?

だってお前がやんなきゃならないことだからだよ。

いいからとりあえずドアを開けてくれ、話をしよう。

いやだ!絶対に開けるもんか!

だったら仕方がねえな。
“ドカン”と大きな音が鳴り、ドアが丸ごと壁と一緒に崩れては大穴を開けた。そこへガヴィルがずかずかと大斧を携えながら入ってくる。
部屋の奥にいたスティッチは頭を抱えながら机に座り込んでいる。だが彼女からスティッチの表情はよく見えない。
そんな沈み込んだ彼の傍には、空白の用紙が置かれていた。
足元にもほんの少ししか手が加えられていない用紙が破り捨てられたわけでもなく、くしゃくしゃと丸められて乱雑に地面いっぱいに捨てられていた。

これは……ドームの設計図か?

なんだよ、本当はやるつもりあったんじゃねえか。

もうオレを追い込まないでくれよ……!

追い込まないでくれって、お前なぁ――

こんな狭い部屋に引き籠もって、誰にも相談しないで一人で用紙と睨めっこなんかして……

追い込んでるのは自分のほうじゃねえかよ、スティッチ。

何も分からないくせに……!

ああそうさ、だから無理してお前をここから引っ張り出すつもりはない。

でもよ、分からないのなら、分かればいいのさ。

だったらそもそも部屋のドアを壊すこともないだろ!

壊さなきゃお前全然話も聞いてくれねえだろうがよ。

こんなの……もう単なる脅しじゃないか……

脅しじゃねえさ、ちゃんと道理は弁えているぜ?なんならアタシを説得したら力になってやらんでもないぞ?

……

ここに来る途中にな、アタシピンと来たんだよ。

お前、最初からずっとドームの改修を嫌がってたようだな?

……

地上の暮らしってのはホント多彩だよね、アヴドーチャのあの話なんか初めて聞いたよ……ね、マスター・イェギー?

ん?ああ、そうだな。

心ここにあらずといった感じだけど、どうしたの?

いや、スティッチのことを考えててな。

スティッチのことならガヴィルとカチが探しに行ったから、大丈夫だよ。

大丈夫だいじょばないの話ではない、ただ……

あいつの今日の様子を見て、ワシも少し反省しなければならないところがあった。もかしたら、知らぬ間にあいつを追い込んでしまっていたんじゃないかって。

ドームのことで?

うむ。

あいつがドームを弄りたくないと言うのであれば、ワシも無理はせん。

だがな、検知装置が壊れてしまった以上はどうしてもワシとしては焦ってしまう。

スティッチのことなら、あいつの師匠が消えてからの様子はお前だって知ってるだろ。

何度ドームの改修案を提出しても全部跳ね除けられて、いつしか設計部にも顔出さなくなったと思ったら自分の部屋に引き籠もることになってしまった。

だからワシは、成り行きでまた昔のように設計案を書いてくれるんじゃないかと思って……少し無理をさせてしまった。

そうすればワシも少しは力になれるかもしれんしな。

でもその結果、地上から知らない人たちを連れて来て鉄道を修理するハメになっちゃったね。

そうだな、まさかあそこまでドームを嫌がっていたとは思いもしなかったわい。

だからドームのことは一旦置いといて、ワシは源石鉱脈の測定に重きを置いた。

あんなにドームを嫌がっているのならひとまず放っておけばよい、後からだってチャンスはやってくるのだからな。

そう思っていたんだが、今じゃそんなチャンスすらなくなってしまったな。

あなたは何も悪くはないよ。それを言うんだったらずっといじけてきたスティッチのほうが悪いよ。

しかしな、あいつにとってあのドームがそれほど大事なものなのなら――

今ここでこの最後の機会を掴んでやらんと、必ず一生後悔することになるぞ。

それで、なんでお前はそんなにドームのことを避けているんだよ?

師匠がオレに残した課題だからだ。

カチから聞いたんだが、お前の師匠は急に失踪したらしいじゃねえか。

……急に失踪したわけじゃない。

消える前に師匠は、オレに一つだけ課題を残していったんだ。ほかの誰に教えることもなく。

オレの設計でここにいる全員を黙らせて、ドームをオレのものにするって課題だ。

それを成し遂げれば、師匠はまたオレのところに帰ってきてくれる。

逆を言えば、そうしなければ師匠が永遠に戻ってくることはない。

確かお前も苗字はキャンパスだったよな?その師匠とは親族なのか?

いいや、オレのこの苗字は後付けだ。

八年前、オレは運よく活性した源石鉱脈の爆発事故から生き残った。その際行く宛てのないオレを拾ってくれたのが師匠だった。

だから鉱石病を患っちまってるのか……

ああ。

地上の連中は鉱石病に罹った人たちを感染者と呼んで排斥しているって聞いたぞ?

ドゥリンはそんなことはしないさ。でも……だからってオレたちも治せる術は持っていない、せいぜい薬を使って進行を遅らせてやるだけだ。

そこは地上と同じなんだな。

だからあれから……オレは師匠と建築を学びたいと思い、師匠と同じ苗字に変えたんだ。

聞いた話によると、すげー師匠らしいな?

フッ、当たり前だ!オレの師匠ヴィンチ・キャンパスはこのゼルエルツァの設計代表の前任者だったんだからな。

オレたちの流派は、アンタら地上人が俗に言う“ミニマリズム”ってやつだ。

装飾的な趣向を否定する流派さ。装飾ってのは、自堕落な暮らしが生み出した無駄な欲求の延長線だとオレたちは考えているからな。

そうやって堕落し続けていたら、オレたちはいずれ必ず自分らの欲求に呑み込まれてしまう。

そこでオレたちは、唯物的な暮らしを主義として掲げ出したんだ。

ユイブツテキってなんだ?

唯物的というのはつまり……不必要な機能などを一切否定し、その物質のあるべき姿と意味を重視するということだ。

まあ、いわば欲にまみれた暮らしのアンチテーゼみたいなもんだな。

あー……うん、つまり外にあるような派手なモノじゃなく、お前の家みたいなシンプルなモノを作る集団だってことか?

……

そういうことにしといてやる……だがオレのやり方は、師匠のとはまた違うんだ。

オレのスタイルは師匠から派生したものなんだが、その発生元である師匠のスタイルとは相反するものとなってしまっている。

都市に一番いい姿のまま最期を迎えさせる……あんなの、生産性の向上で生み出された余りあまるモノと欲による無駄で浪費的な装飾そのものだよ。

命にはなんだって限りがある、オレなら尚更のことだがな!

なあガヴィル、アンタだって感染者なんだろ、分からないのか?

アンタの命だって限りがある、だからアンタも限りある時間をもっと有意義なことに使おうとしてるんだろ?

そりゃそうさ。アタシはアタシを、アタシみたいな人たちを助けてやりたいと思って医学の道を進んだんだからな。

でもよ、そう考えているのならなんで最後のチャンスを掴もうとしないんだ?

……ハッ、したくないとでも?

ここにある設計図を見てみろ!

オレがずっと失敗してきた証そのものだ!

次から次へと新しい案を提出してやっても、全部否定された!必要とされなかった!

それからとうとう自分ですら納得いく設計図を描き出せなくなってしまったさ……

一体ここにいる連中がおかしいのか、それともオレがおかしいのか……

どっちの頭がおかしくなったのかはこの際どうだっていい、だが少なくとも今あのドームを見上げただけでオレは怖いんだよ!

今じゃあのドームは師匠がオレに残した檻籠だ、オレは一生あのしがらみに苦しむことになっているんだよ!

最後のチャンスだって?知ったことか!

もうオレには線を引くことすらできなくなっているんだよ!

どうせ今ここで新しい案を出しても、また跳ね除けられておしまいだ!

そもそも、こんな限られた時間の中で新しい案を描けってこと自体無理な話だよ!オレにどうしろって言うんだ!?

……

だからガヴィル、アンタについて行くつもりはない。

オレはもう……ただの能無しだからな。

帰ってイェギーに伝えてくれ……ドームの改修ならカチに頼め。

カチならきっとオレよりも上手くやってくれるさ。

お前の気持ちは大体理解したぜ。

だからなおさらここからお前を引っ張り出してやる。

話を聞いてなかったのかアンタは!?

聞いていたさ。

お前の気持ちは聞き届けてやった、だから今度はほかの連中にもソレをぶつけてやれ。

チッ、この分からず屋が……
(奇妙な機械が近付いてくる)

スティッチガ危ナイ、スティッチガ危ナイ。

スティッチヲ守レ、スティッチヲ守レ。

あ?なんだこついら?いつの間に現れて――

――!
(スティッチが走り去る)

おい!逃げんな!





