あっ、その話で思い出したんだけどさ。
何年か前、私も彼とカチのドーム改修設計討論会に二回ほど参加したことあるよ。
あの時はマスター・ヴィンチがいなくなって間もない頃だったからね、新たに頭角を見せてきた二人の新星もドームの改造で自分らを証明しようと奮起していたよ。
カチは自分の思想と設計上における拘りポイントをベラベラとまくし立てていたね。
一方スティッチは、私たちに自分の真意を気付いてもらうため、ただ図面を机に置いて隅っこに立ってるだけだった。
カチは繊細な設計思想を持ち、スティッチは自分の作品に自信と誇りを持っていて、当時はどっちも甲乙つけがたいニュースターたちだったよ。
何年も競い合ってきたけど、結局どっちの設計もみんなから認められることはなかったね。
そう、スティッチが設計部から姿を消すまでは……
ヴィンチがまだいた頃、あいつもよくワシにそのことを相談しに来ておったよ。自分の弟子の将来が心配だ、とな。
ただ、他人がいくらそれをぼやいても無駄だ。自分のプライドを捨て、考え直してくれなければ、スティッチは他人の意見を聞き入れてくれはせんよ。
でなければ、カチどころかガヴィルみたいな強硬な手段を取る人間とてどうにもならん。
ガヴィルが本気で彼を助けようと思っても無駄なの?
それが効くのならとっくにヴィンチがやっておったわい。
しかし……ガヴィルとカチは真逆な人間だ。あの二人が一緒なら、もしかしたら何か奇跡でも起こるかもしれんな。
はぁ、こいつらズゥママの友だちだしなぁ……手加減してやんねえと面倒なことになる。
ん?あっそうじゃん、お前らズゥママは知ってるよな?アタシはそいつの友だちなんだ。
ズゥママ……身分登録情報ヲ確認、ズゥママノ友ダチ、ガヴィル。
ズゥママ言ッテタ、ガヴィルヲ傷ツケチャダメ。
私タチハガヴィルヲ傷ツケチャダメ。
おい!なんでそうなるんだ!?
あはは、ズゥママがお前らと結構楽し気に遊んでいたところを見かけたことがあったんだが、まさかあいつの名前を出したら通用するとは思わなかったぜ。
クソッ!
(スティッチが走り去る)
そこで一つ頼みがあるんだが、あいつを止めてくれないか?
私タチ、ゼルエルツァノ住民ヲ傷ツケチャダメ。
心配すんな、ちょっとあいつをある場所まで連れて行ってやりたいだけだ。な?手を貸してくれよ。
了解、ガヴィル信ジル、ガヴィル助ケル。
(奇妙な機械がスティッチを取り押さえる)
クソ!邪魔するな!
(ガヴィルがスティッチに近寄る)
スティッチ・キャンパス、お前に一つ聞きたいことがある。
……お前に話すことなんてもうない!
あんなにぺちゃくちゃと色々吐き出していたけどさ、お前……ゼルエルツァの連中が嫌いなのか?
……
いや、答えなくてもいい。
もしここにいる連中が嫌いなら、アタシらにここの危機を伝えることもなくお前は地上に残っていたはずだ。
だがそれでもお前はアタシらにここで起こることを教えてくれた。
ドームは弄りたくない、でもここは見捨てたくない。だからお前はトミミやイナムたちを地下にまで案内した、そうだよな?
だからなんだよ?
不思議に思うんだよ、スティッチ。
自分の作品を否定された時、なんで否定したんだってその人たちに聞いたりしなかったのか?
……ないよ。
まあそうだろうな。さっき自分一人で頭を抱えていたように、おそらく誰にも相談なんかしてこなかったんだろう。
実際、お前はまだアタシに本心を隠している。
分かるさ、言いづらいことは誰にだってある。
死んでも言わねえような患者を、アタシも何人も抱えてきたことがあるからな。
迷惑をかけたくない、どうせ誰にも理解されない、ただ単に口が堅いだけだとか、色んなヤツがいたよ。
でもな、言わなきゃ誰も分かっちゃくれやしねえんだ。それこそ死んだら尚更だ。
お前は間違っているって言うつもりはねえぜ、スティッチ。
だがな、少しは本心を打ち明けてみろ、もしかしたら何かが変わるかもしれないだろ?
本心なんて、本心なんて……こっちはもう自分の本心がなんなのかすら分かっていないんだよ!それで何を言えばいいっていうんだ!
だとしても話さなきゃ……
待って!
あ?
(カチが駆け寄ってくる)
待ってくれガヴィルさん。
カチ?なんでアンタがここに?
会議が開かれているにも関わらず、広場はとても静かだった。
その場にいたドゥリンたちはみな、一心不乱にアヴドーチャが語る過去に耳を傾けている。
その過去は始めに優しさと愛情が籠っていたが、次第に殺意がちらついてくる。
危機的な状況に息を呑み、アヴドーチャが生き長らえたことに安堵するドゥリンたち。
だがこれはまだ始まりに過ぎなかった。生き長らえたことは即ち苦難と旅路の始まりであり、彼女はこの先さらに多くの苦しみを味わうことをも意味するのだから。
……妾が洞窟の行き止まりまで逃げ込んだ時、一瞬だけ錯覚を覚えました。
エレベーターを見たのです。あの時の妾には死へと誘うリフトに見えました。
だとしても涙が出るほど嬉しかったですわ。この苦難もようやく終わりを迎えるのだと思っておりましたから。
ようやく死に抱かれて、安らぐことができるのだと……
だが予想に反し、そのエレベーターは新たな暮らしへ通ずる扉だったのです。
以上が、地下へ辿りつく前の妾が経験した過去ですわ。
これが地上の暮らし、妾の知る地上の暮らしです。
断じて素晴らしいと言えたものではないでしょう。
ただこうして振り返ってみると、自分が思い込んでいたほど悪いものでもありませんでしたわ。
冴えた方々ならもうお察しがつくでしょう、なぜ妾が今こうして皆さんに地上のことをお伝えしたのかと。
そう……
協議を経た結果、妾たちは避難計画を三つに絞ってまとめました。
一つ目、トンネルからの避難。
計算によれば、仮に最速で避難を開始しても、鉱脈が爆発するよりも前にトンネルの向こう側にある姉妹都市へ辿りつけられるのはせいぜい人口の七割分だけ。
もしこの避難計画を採用するのであれば、呑気にお酒などを飲んでいないで直ちに避難行動へ移る必要があります。
二つ目は、持てる資源や人員を総動員させ、トンネルの反対方向にある空洞を掘り進めて拡張し、そこに臨時的な避難場所を建てる計画になります。
目下、この計画は前述した一つ目の計画よりも生存率は上がります。ただし、いざトンネルが塞がれてしまえば妾たちはほかの都市との連絡手段が一切断たれることになる。
妾たちが持つほとんどの設備や施設も災害によって使い物にならなくなるでしょう。その場合、避難所が全人口を収容できるかどうかが問題になる……わけではありません。
仮に全人口を収容できたとしても、いつまでそこでの生活を維持できるかが最大の問題になりますわ。
そして最後の三つ目は……地上へ避難する計画になります。
工業代表の試算によれば、あの工業用大型エレベーターを今から急ピッチで拡張すれば、鉱脈が爆発するよりも前に全員を上にある洞窟まで避難させることができます。
それにこの間ゼルエルツァへやってきた異郷の客人らは、まさにゼルエルツァの真上にある地上からやってきた者たちです。
彼女らがやってきた場所はアカフラと呼ばれるジャングル。彼女らはそこを統べる者たちとして、喜んで皆さんに居住空間を始めとした各種援助を提供すると仰っていましたわ。
一旦災害が過ぎ去って、こちらも落ち着きを取り戻した際は、またここに戻るかあるいは別の場所に移ることができます。
ですので今のところ、この三つ目の計画のリスクが一番小さく、かつ全員を避難させることができる方法になりますわ。
だからと言って、そう簡単には納得してくれはしないでしょう――
地上へ上がるという前代未聞の出来事に。
妾がさきほど自らの過去を打ち明かしたのも、すべてはこの計画を皆さんへ伝えるためのいわば前フリでした。
しかし、これが唯一の方法というわけではありません。ほかにもやり方は必ずあるはずですわ、ですので妾の話に感化され判断を見誤らないようにお願い致しますわね。
この三つの計画と三つ目の計画を判断する材料として、妾の過去話を語らせて頂きました。
ではこれより10分後、いつものようにこの三つの計画の採決を取りたいと思いますわ、どうか率直な意見を挙手にて表してくださいまし。
少し、スティッチと話をさせてくれないか?
おう。
(カチがスティッチに近寄る)
スティッチ、あのね……
ドームならアンタがやればいいだろ。
今じゃ設計代表はアンタなんだ、みんなからも好かれているし、アンタがドームを再設計しても誰も文句は言わないだろう。
今までずっとアンタと設計を競ってきたが、ようやく勝敗がついたな……アンタの勝ちだよ。
違うんだスティッチ、それを言いに来たわけじゃないんだ。
実はね、お別れしにきたんだよ。
……なんだって?
マスター・ヴィンチが消えた後、設計代表のポストはずっとボクが代理として勤めてきた。
その重荷を背負い始めてから次第に気付かされたよ、ボクの今の実力じゃこの責任は重すぎる、背負いきれないってね。
だからずっとマスター・ヴィンチに帰ってきてほしいってひたむきに願ってきたよ。この都市の設計代表を務められるのはあの人しかいないからね。
カチ……
ボクがこのポストから退いた後、必然的に次はマスター・ヴィンチの弟子であるキミがその席に就くことになる。
そこでついさっき、ボクは設計代表代理として最後の仕事を終えた。だからあとの設計部はキミに任せるよ。
おい、なんでよりによって今なんだよ!?
地上へ避難する話ならさっき広場を通る際に、アヴドーチャさんのスピーチから聞いたよ。
多分だけど、きっと三つ目の計画が通るはずだろうね。
マスター・ヴィンチならきっと別のドゥリンの都市にいるはずだとボクは睨んでるんだ。だからまだほかの都市とまだ行き来できるうちに、隣の都市に行って彼を探そうと思う。
そうしたらドームの改修設計には関われそうないないかもね、残念だよ。
そんな勝手なことをして……オレが感謝するとでも思ってんのかよ!
キミに感謝されたいからやってるわけじゃないよ、スティッチ。
設計代表は、キミにこそ相応しいと思っただけさ。
もっと他人に自分をさらけたほうがいいよ、スティッチ。今のキミに足りていないのはそれだ。
こんのぉ――!
スティッチは怒り任せにカチへ拳を突き上げた。
だが振りかぶることもなく、拳は下ろされた。
オレに独り立ちしてほしいから、師匠はオレの前から消えた……そんなことは分かってる。
オレにもう一度設計を任せたいからアンタがそんな身勝手なことをしたのも分かっている。
ガヴィルやみんながオレのことを思ってくれているのだって分かっているさ。
そんなの全部全部分かっているよ!
でもな、師匠にしろアンタにしろガヴィルにしろ!なんでどいつもこいつもオレにやらせようとしているんだよ!
なんでみんなオレをほっといてくれないんだよ!
なんでオレに引き籠もってることすら許してくれないんだよ!
なんでみんな……こんなに優しいんだよ!
なんでだ!なんでなんだよ!
カチは静かに傍らに捨てられていた設計図を拾い上げ、スティッチへ手渡した。
だってキミはこんなにも頑張っているじゃないか。
だからきっと上手くいくさ、スティッチ。
他人に優しくするのに理由なんているかよ?
他人が落ちぶれていくところを見たくないのも同じだ。
さあ立て、スティッチ。
メソメソするな。
お前は最初、アタシらを騙してここへ連れてきた。そんで今、お前は色んな人にも迷惑をかけている。
だから一発、殴らせてもらうぜ。
我慢しな、そんなに痛くはしねえからよ。
ガヴィルが拳を掲げるのを見やるスティッチ。
その時、彼は色々と思い出した。
師匠が授業をしてくれた時の喜び。
師匠が離れていった時の悲しみ。
何度作品を否定され、設計部から一歩も出歩けなくなった時の悔しさ。
いつしかドームを見上げた時、燃え上がる闘志よりもふつふつと湧き出てきた怒り。
こういった感情はすべて自分のものだと、誰にも理解されず誰からも理解される必要はないと、彼は思っていた。
でも今、自分を本気で理解し、助けたい誰かがいるのだと気付いた時……
そろそろ自分は背負ってきたナニかを下ろすべきなのかもしれないと、彼はそう思った。
この拳を受ける必要があるのだと、彼はそう思ったのだ。
“ゴツン”!
なぜだろうか、想像していた痛みは伝わってこなかった。
そう疑問に思って瞑った目を開けば、そこには机に深々と凹んだ拳の痕が目に入った。
ハッ、今さらビビって来たのか?
だが安心しろ、アタシの拳は悪者専用だ。
お前は悪いヤツじゃねえ、ちょっとオツムが凝り固まってるだけだ、殴ったってどうにもなんねえよ。
凝り固まってるのはアンタのほうだよ!
おっ、言い返すぐらいの気力は戻ってきたか、いいねいいね。
んで、そろそろアタシについてくる気にはなったか?
……いいだろう、ついて行ってやる。
では、採決を取らせて頂きますわね。
一つ目の計画に賛同される方は挙手を。
広場から、ぽつぽつとそれなりの数の手が上がった。
手を上げたドゥリンたちの表情はとても落ち着いている。一つ目の計画の賛同者はそれほど多くないことを知りながらも彼らは挙手をした。
一方アヴドーチャも、これを選んだドゥリンたちは総じて犠牲を厭わない人たちであることを知っている。
挙手した人数を記録しておいてくださいまし、記録係さん。
……ありがとうございます、下ろしてもらって結構ですわ。
では二つ目に賛同される方、挙手をお願いいたします。
今度は先ほどと比べて数が多く、その中で酒瓶を持っている人たちもちらほらと見受ける。
みな素晴らしいガタイをした者たちだ、見るからに穴掘りが得意なのは明らかだろう。
はい、では記録を。
……ありがとうございます、下ろしてもらって結構ですわ。
では三つ目に賛同される方は、挙手をお願いいたします。
……
広場がシーンと静まり返った。
手を上げる者は誰もいない。
アヴドーチャは分かっていた。それも当然のことだ、彼女一人のスピーチだけで地上ヘ上がるという重大な選択を決定づけることは到底できない。
だが下でひそひそと話し合ってるドゥリンたちを見て、彼女が語った過去は少なからず一定の効果を生じていたことが分かる。
ドゥリンたちは恐れているのではない、きっかけを欲しているのだ。
もう一押し、誰かが背中を押してもらえれば。
そんなアヴドーチャは、罪悪感を覚えていた。
以前の彼女なら、きっと真っ先に地上へ上がることを反対していただろう。
それが今では、却ってドゥリンたちに地上へ向かうことを推し進めようとしている。
だがそんな罪悪感もすぐに霧散した。自らがやっていることは正しいことなのだと、彼女は理解しているからだ。
地上へ上がることについてですが、一つ補足し忘れたことがありましたわ。
地上へ上がった先はアカフラと呼ばれるジャングルでして、そこは一年中暖かい環境です。
温度管理システムがなくとも、妾たちならすぐに適応できるでしょう。
(ざわめき)
また、そこには湖などの水源も豊富でして、天然の滝、つまり天然の“大水溜まり”もありますわ。
(ざわめき)
鉱物資源や土地も豊富でしてよ?ですので、そこに妾たちの都市を築くことだって不可能ではありません。
(ざわめき)
もちろん、ゼルエルツァで一番誇りに思う、みなを再び笑顔にしてくれるランドマークだって作ることができましてよ!
(ざわめき)
ただ、それをするにはまずアカフラの指導者にお伺いを立てなければなりませんが……
(ざわめき)
……
アカフラの指導者だって?だったら、イナムはきっと同意してくれるはずだ。
ガヴィル!?
(ガヴィルが近寄ってくる)
よぉアヴドーチャ、あいつを連れてきたぜ。
へ?あいつ?
スティッチだよスティッチ、避難計画の話もそろそろ片が付いてきた頃だろ?かからこっからはドーム改修の話に移ろうじゃねえか。
へへ、いいタイミングに現れただろ?
いや全然タイミングじゃありませんわよ!
あっそう……でもまあイナムに代わってこれだけは言えるぜ?ぜひアカフラに来てくれよな、みんな歓迎するぜ!
いいからはやく降りてくださいまし!
ちょっと待てって、もう少しだけ言わせてくれよ!
ダメです!ほらほら、いいから降りてください!
ガヴィルもその連れも、中々面白い連中だよな。
まったくだぜ。それに人はいいし強いしで、あいつらと仲良くなるのもいいかもしれないな。
あたしもそう思う!それに聞いた?アカフラにはここよりももっとデカい“大水溜まり”があるらしいじゃん、それだけでも行く価値はあるよ!
だが冷静に考えてみてくれ、この先ドゥリン全体の未来に影響が出ちまうことにもなるかもしれないんだぞ?
しかしよ、今のところその影響が出るとは思えないぜ。
そうよそうよ!確かにアヴドーチャが語ってくれた過去みたいに、もしかしたらイヤなこともたくさん起こるかもしれないけどさ――
地上にいたアヴドーチャは優しい人のままだったって言いたいんだろ、分かるさ……そうだな、ここで地上に恐れをなしてる必要もないのかもしれない。
何よりだよ?地上じゃまだ『ほらばなし』が連載してるらしいじゃん!
妾はこの時のためにどれだけの努力と覚悟を決めてきたか分かってるんですのガヴィル!
もしあなたが茶々を入れて、ドゥリンたちが地上へ行きたがらなくなってしまったらどうしてくれるんです!?
えっ、でも……さっきチラッと見たらみんな期待してるような顔つきをしてたぜ?大丈夫だって、みんな地上に上がってくれるさ。
だってお前、もうあいつらを説得してやったんだろ?
あなたねぇ……どうしていつもいつもそんな楽観的でいられるのかしら……
ところでガヴィル、スティッチはどうだった?
やってみるってよ。
あれ?あいつどこ行った?
本人が広場でポツンと突っ立っていたからお前に聞いたんだ。
だがまあ、もう問題はなさそうだな。
となれば、ワシもちょっくらあいつを手伝ってやろう。
(ざわめき)
広場は人でごった返していた、誰もが地上へ上がる話題で持ち切りである。
スティッチはこんなところに残っていないで、さっさとガヴィルと一緒に部屋へ入っていくべきであったのであろう。彼は昔からこういった場面を苦手としていたからである。
だが彼は動かなかった。
恐れているからではない。
自分の内側から、何か言ってやりたいという衝動が湧き上がっていた。
ただいつ声を上げればいいか分からないでいたからだ。
あーそうそう、一つ残念なお知らせを伝え忘れていた。
我らの設計代表代理のカチ・オブリクライトなんだが、ゼルエルツァが滅びる報せを聞いて、現在の職分を辞めた後につい先ほどこの都市から出ていった。
未だ行方知らずとなっている前設計代表のヴィンチ・キャンパスを探しにな。
だがワシは彼の決断を尊重するぞ。
またあの子はここを出る前に、マスター・ヴィンチの弟子であるスティッチ・キャンパスに設計代表の任を譲りたいとも言っておった。
スティッチは才覚溢れる優秀な建築デザイナーだ、ヤツなら設計代表には相応しかろう。
そこでだ、ちょうどそのスティッチからみんなに少し伝えたいことがあるらしい。
さあスティッチ、上がってきなさい。
……
みんなは……あんまりオレのことは知らないはずだ、オレがただあの有名なヴィンチ・キャンパスの弟子だってことしか……
師匠の設計スタイルはとにかく物欲に抗うような精神が反映されているものだったよ、でもオレのは違う。オレのスタイルはむしろ――
いや悪い、自分の設計スタイル云々を言いたいからここに来たわけじゃないんだ。
地上へ避難する計画のことなら、オレもさっき聞いた。
みんなからすればとても難しい決断になるだろうな。
だがこれが一番安全な計画なんだって、オレは思ってる。
この計画に従えば、オレたちはまだこの都市のために最後の改築工事をしてやれるしな。
オレにできることはそう多くはない……でも、この限りある最期の時間にドームを改修してやりたいとは思っている。
可能であれば、ドームをもっと丈夫な造りにしてやりたいんだ。
活性した源石鉱脈の爆発を直で受け止めることは不可能に近いが、でも少なくともオレたちのために少しは避難するための時間を稼いでくれるはずだ。
だからみんな、一緒に地上へ逃げよう。師匠もきっと……そう願っているはずだ。
広場はシーンと静寂に包まれた。
(小声)おいイェギー、オレなんかまずいことでも言ったか?
いいや、素晴らしかったよ。お前ならきっとできると思っておったさ。
では、もう一度三つ目の計画の賛成数を取らせてもらうぞ、ゼルエルツァの諸君。賛同する者は挙手を。
まるで先ほどのスティッチの話に取りまとめられたかのように、一つ、二つ、三つと……徐々に多くの手が挙がった。
広場にいるドゥリンたちは色んなことを声高に叫んでいる、スティッチにはよく聞こえていない。
だがかすかにではあるが、スティッチの耳には自分を認めてくれる数々の声が届いていた。
そんな彼は遠くの高台でカチを見つける。彼もまたスティッチを祝福するかのように小さく手を振っていた。
その際スティッチの全身に電流が走る。
他人に認められることとはこうも心に染みることなのかと、彼は初めて感じたのであった。