昔、大波を打ち砕いた騎士の物語が未だ物語として語られていなかった時、樹海を過る風には戦火と弓弦の音が聞こえていた。
我々は暗闇に囚われていると人々は信じ、己の生死を以て大地に報いり、鮮血を以て生きる代償とその諫言としていた。
それが今では、晩秋の日暮れは野原を照らし、聞こえてくるのは次の雨風に備えて金槌が家屋を叩く葺き替えの音だけ。
山の麓にある墓地においても、人々はただ鉄器を振るい、一つ一つと土をどけていく。そこに聞こえてくるのは枯れた作物を土に埋めるすすり泣きの声だけであった。
11月27日 3:20p.m.
カジミエーシュ南部にある野原

……して、今は各所を彷徨っているということですかな?

従者も連れず、追随する者もなく、剣と甲冑すら携えず……とはいえ、貴方様に敵う者などおりますまい。

今でも憶えておりますとも。貴方様はこの国における名家たちと相対しているお方、面倒事は避けられぬと大勢の者たちが言っておりました。

それを言った者たちも、今ではその面倒事を持ち込んでくるやもしれない救援物資を頼っているではないか?

……

……今の私はすでに権力者たちが相争っている地を離れた。もはや向こうが私に気を割く必要もないだろう。

ええ、ごもっとも……さしずめ驚かれることもありますまい。

当時の儂がこの異郷の地へ逃れたとしても、あの暴君のアーツから永遠に逃れることはできないと思ってはおりましたが……

……ご覧の通り、今ではしがいない教師をやりながら、この雨風もまともに凌げそうにないあばら屋で、静かに二十数年もの歳月を過ごしてきました。

リターニアから逃げてきたと以前言っていたな……だが巫王の塔はもはや崩れた、なのになぜ未だここに残っている?

あまりにも長く潜んできたからございますよ。今じゃもはや余所へ向かう気概も起りますまい。

何分ここへ報せが届くにはかなりの時間を要しますからね。それに儂自身もすでに田畑を耕し、どうやって腹を膨れさせるかと考える日々に慣れてしまいましたゆえ。

それに身分を偽るために、ワシは自らの角を斬り落とし、クランタとして生きることにしたのです。たとえリターニアにまだ儂を知る者がいたとしても、儂と見抜いてくれはしないでしょう。

しかしお前はリターニア人ではないか。

儂はただ己の半生にしがらみを覚えているだけの人間に過ぎません。

情熱を持った者たちもとうに死に絶え、儂もこうしてコソコソと隠れながら生き長らえてきました、もはや面目もメンツもありますまいて。

して、かつて赴いた地をもう一度巡り歩くおつもりですかな?何もお出しできなくて申し訳ありませんが、代わりに熱い茶を一杯頂けるのでしたら至極光栄に存じます。

結構だ。

左様ですか……しかし、貴方様から受けたご恩は今でも忘れておりません、この歳になったとしても。

ほかの者たちがカジミエーシュの各方言で互いに声を掛け合っていた時、貴方様は儂の正体を見破りはしたが、そのまま流民の列に居座ることを許して頂けました。

……

……どうやらもう憶えてはおられないご様子。

儂に話かけたこともさして憶えてはおらず、また儂を思い出して頂けた時もさほど驚いてはおられなかった……きっとほかにも儂みたいな者たちを大勢救ってきたのでしょう

……それはもう過去の話だ。

それよりもお前、告知を書いているのか?

さっきの紙のことですかな?ええ、注意を促す告知を書いております。

昨日にとある騎士様が儂らの村へやってきて、近頃この一帯に強盗の輩が流れ着いたと、またツヴォネク市ではすでに襲撃事件が起こっていると伝えてくれました。

だが強盗が流れ着いた程度で、儂らのような移動都市から離れた辺鄙な村が被害に遭われたとしても誰も気には留めません。冴えてる人ならみなそう思いますよ。

とはいえ、征戦騎士様があれほど厳かにお伝えしてくださったものですから、今は少々不安に駆られております。

ですのでムリナール様、いくら襲われる心配はないにしても、せめて得物を一本携えていたほうがよろしいかと思います。

……征戦騎士が伝えに来たのか?

初耳だったのですか?

しかし、改めて思えば確かに変ですな。ここ数年來、征戦騎士が平民の生死に関心を寄せるところなど見たこともありません。

二年前に隣の集落から何世帯かの家族がここへ引っ越してきたのですが、彼らはその騎士様に天災から救われた一家でした……

……疑問に思ったのはそれではない。それに、ヤツにとっては当然のことをしたまでだ。

正直言ってヒヤヒヤしたぜ、チェスブロ。

もしお前さんがあの時兜を外してくれなかったら、ビビった村人に矢を撃たれていたかもしれないからな。

万が一敬愛なる征戦騎士様を傷つけてしまったものなら……俺ぁもうすでにそれなりの賞金をかけられているからな、もしかしたらもっと上乗せされてたかもしれないぜ。

“村人”とは、よく言ったものだな。ふふ……

そちらも私の顔を憶えていてくれて助かったよ。

……どのくらいは憶えていてくれているのかな?

もうお前さんを知ってる連中ならほとんどいないよ、みーんなおっ死んじまった。新入りは言わずもがな。

……

俺たちみたいな連中のために悲しむ必要はないぜ?んで何しに来たんだい?こんな荒野のちゃちな村まで来ちまったんだ、“暇だから”なんて言っても通用しないぜ?

俺もちょいと耳に届いたんだ、近頃ここ一帯はおっかないらしいな?征戦騎士も都市外部で治安維持に努めているとか……

――なんならウチら何人かの兄弟がお前の手下に捕らえられちまったぐらいなんだぜ?

……だからここに来たんだ、トーランド。

ここにいるバウンティハンターたちを率いているのがお前であれば話も丸くは収まるだろ。

知っての通り、こっちもまずは規則に従って仕事をしなければならないのでな。

ヘッ、“規則だからだ”って言われなくて助かったぜ。んじゃどっか場所を移そうか?

この前“鉱夫”と会ったんだが、お前に会いたがっていたぜ。当時はこっちも撤退でそっちは上への報告で忙しかったからな……まああいつ、二年目に病死しちまったんだけどよ。

ここから眺めると……ちょうど川の向こうにある工業地帯が見えるな。いいところに拠点を置いたじゃないか。

ああ、あれはどうやらデカい企業の持ち物のようだ。それがどうしたんだい?

本来あそこはパレニスカ家の荘園だった場所だ。

……恋しくなっちまったのかい?

少しはな。

……本題に戻ろう。ハンターらが私にどれだけの敵意を向けているかは知らないが、少なくとも君に迷惑はかけたくない。

それについてなら安心してくれ。もう俺たちを知ってる古株はほとんど残っちゃいないが……全身武装した騎士団長様に襲い掛かる命知らずのようなマネはしないさ。

いや、不意打ちなどを心配してるわけでは……ん?まだ私が昇進したことは伝えていなはずでは?

そう驚くなよ。征戦騎士の内部情報は比較的極秘の部類と言えるが、お前さんもう団長になって何年にもなるだろ?こっちもそれなりに情報を掴んでるって。

たとえばなんだ、やれ“星砕きの黒い槍”だ、やれ“災いに抗う先鋒騎士”だとか、色々知ってるぜ?

よしてくれ、君が得たその“情報”は担えきれんよ。それに裏切った自分の仲間を捕えることなど、気持ちのいいことでもない。

私の武芸もさしたるものではないのは君だって知っているだろ。人に言えた功績だって他愛ないものばかりさ。

ヘッ、お前さんならそう言うだろうよ。

まったく、君ってヤツは……

んで最近の襲撃事件だが、なんか嗅ぎつけたのかい?それともあれか、お上からそれらしいフリをしておけってお達しかい?

都市内の事件に外を守る征戦騎士を向かわせるなんて只事じゃねえぞ。

……その両方だ。

だがハンターたちは必ず無事に釈放すると約束しよう、トーランド。彼らを捕えたのは見回りをしていた征戦騎士だ、君と私の間柄であんなミスをするわけがない。

当然さ、お前さんだって清廉潔白な人をみだりにしょっ引いたりしないだろ。

自分が真っ当なことをしてるとは言えねえがこれだけは言えるぜ、最近起こった襲撃事件はマジで俺たちとはまったく関係ないんだ。

……しばらくは待っていてほしい。この調査期間を終えなければ、彼らを釈放することはできないのでな。

その“しばらく”が長くならないことを願うぜ。

……っていうかそんなことなら手紙を寄越せばよかったじゃないか。

わざわざ自分からお越しになるとは、何か直で伝えたいことでもあるのか?

……君のハンター、あの独眼のザラックから君たちがここに来た理由を教えてくれたよ。

へぇ、お前さんにウソを言ってねえといいんだが。

君たちがとある村人からの助けを求める手紙を受け取ったと聞いた。

普段は情報収集のために民間組織を名乗っちゃいるが、太っ腹な値段を出してくれるお客さんには喜んで手助けするもんでね。

本当だぜ?俺たちは助けにいったんだ。まあ使う手段はご立派と言えたもんじゃないがね。

……君らが正しいことをしたのは分かっている、だからこそ余計に後ろめたいんだ。

聞いてくれ、トーランド……今はしばらく行動を控えてもらいたい、今回の調査に巻き込まれないためにも。

それと今回ツヴォネク市の区画建設の仕事を受け持った企業にもなるべく近づかないほうがいい。

……なにやら大事みたいだな。誰かがお前さんらの手を借りて敵を排除しようとしているのかい?

……

フッ、まあ忠告どうも。

そこまで言うのなら従うさ。

あっ、だったらちょいと下の連中にも伝えたいんだが、いいか?じゃなきゃすぐしょっ引かれた可哀そうな連中を連れ戻そうと躍起になってるもんだからな。

……うし、こんなもんだろ。そんじゃ、お前さんが今腰にぶら下げてるそのサーベルについても説明してもらおうか?

あの騎士の旦那様ときたら取り換えもしないでずっとその得物を持っていたもんだからな、間違いねえ。

ムリナールに会ったのか?

……ここら一帯の騒動を聞き及んでいないのも無理はありません。ツヴォネク市に寄らず、そのまま荒野を歩き渡ってきたのでしょうな。

もし道中でトランスポーターと会うこともなく、新聞を買われることもなければ、近頃の事件を知ることも困難というもの……
(熱心な村人が駆け寄ってくる)

――ゾマー先生、ここにいましたか。

告知の張り紙はもう全部貼り終えましたよ。

おお、エヴァか、助かったよ。

いいんですこれぐらい、先生のお役に立てるのであれば!

――えっと、ついでお聞きしたいのですが、そちらにおられる方は……?

このお方は……騎士様だよ。

まあ、騎士様!ようこそお越しくださいました。土地を見にいらっしゃったのですか?結構ここで長らく立ち話をされていたものですから。

最近は休暇を過ごすために都市の外で土地を買われる騎士様方も少なくないと聞いております、新しいブームになっているとか。

ここは一度も天災が起こったことはありませんし、付近の村々にも感染者はいませんから、キレイな土地ですよ。

もしかして企業を代表されて来られたのですか?今朝新聞でゲール工業が新しく募集をかけてるのを見ましたよ、ツヴォネク市の区画建設でたくさん募集してるらしいですね。

働ける方であれば、感染者だって都市の中で暮らせるチャンスを得られるんです。

あれ……ゲール工業がスポンサーになってる騎士団ってありましたっけ?

……

……オホン、エヴァ。

村長に渡す手紙があるのを忘れていたよ、代わりに渡しておいてくれないか?

え?あっはい。

じゃあ渡しておきますね。
(熱心な村人が走り去る)

あはは、これは失礼しました……都市から来た方にとても興味を持っているものですから、ついはしゃいでしまって……

北のあの道からいらしたのでしたら、きっと川の向こう側に新しくできた工場も見えたはずでしょう。

以前徴税人から、都市の比較的近くにあるジルドゥウォ村とカミェン村が土地を売ったと聞いております。

そのためか今では自分らの村が企業の目に留まることを夢見ている人たちが大勢いるんですよ。土地を買ってもらえれば、都市に入れる頭金を得られますからね。

……馬鹿馬鹿しい。

ええ、馬鹿馬鹿しい夢です。

儂はもう年老いて、もはやこれ以上の贅沢は望みません。しかし彼女らのような若者が、幾らかの白昼夢を見ても差し支えはないでしょう。

……元々儂は、リターニアで塔の貴族たちに弁舌を振るっていた学者でした。ただ口は災いの元とも言います、そのせいで儂はここへ逃れたのです。

今じゃもう髪は白くなり、眼先にある日々の暮らしを考えるだけで精一杯となってしまいました。

しかし若者らは違う。虚ろな夢とて、彼らがひたむきに未来へ期待を抱くには十分でしょう。

……責めてるわけではない。

その若者らを責め立てられる者がいたとしても、ここに来ることはないだろうな。

此度の再訪、失望させていなければよいのですが。

……私はただ人を探しにここへ少し寄っただけだ。

その探している人なんだが、金髪の征戦騎士の二人を見かけなかったか?

金髪?ここ数年付近で見られる征戦騎士たちはみな銀の甲冑と銀の槍を携えておられる方ばかりですので……申し訳ございません、儂も記憶にはございません。

無理してまで記憶を掘り起こさなくても結構だ……見たら必ず印象に残る人たちだからな。

それを目的にただ辺りを彷徨っておられるのですか?もし何か手がかりがありましたら、こちらも幾ばかりか手を貸しましょう。道案内ぐらいはできるやもしれません。

ここ数年内、建設車両の集団が通ったことはあったか?

いえ……ございません。

なら道案内も結構だ。

……道なら憶えている。
(回想)

覚えておいたからな、二アールの……貴様が旦那様にかかせた今日の恥の借りは、必ず貴様が情けに匿ってる下賤な連中から返してもらうぞ!

世論を鎮火させるために、我々はこの法案を通す用意ができている。だが君も分かっているはずだ、法は遠い荒野にもその触手を伸ばすことだってできる。

君さえいなければ、あの者たちの声も大騎士領に届くことはない。

あの連中にはもう追いつけん、そこまでにしろ。

このままあんたと一緒に戦い続けてもな、俺らとあんたみたいな貴族のお偉いさんが対等に振舞われるような、あんたがずっと望んできた場所をカジミエーシュは永遠に与えてくれはしないさ。

た、助けてくれ……!騎士様、一度はお目にかかったことがあるでしょ?お願いだから助けてくれ……どうか……

こんな見ずぼらしいテントの中で死ぬわけにはいかねえんだ!うちのガキが明日の朝にはもう帰ってきちまう……だからこんなところで……

すまないけどムリナール、それについては答えられないわ。
(回想終了)
甲高いクラクションの音が鳴り響き、談話していた二人が道を開ける。
通り過ぎていくのは商業連合会の大型運搬車両だ。コンテナには大きく白のロゴマークが描かれており、人々の視線を誘っていく。
タイヤがデコボコとした未舗装の道を行き、土埃を舞い上がらせ、嘶くエンジンの音は風と共に晩秋の野原へと消えていく。
剣を持たない騎士は静かでいた。
彼は車列が見えなくなるまで、ずっとその鋼鉄で作られた巨大な人工物を見る。
そしてくるりと身を翻し、己が定めた道を進み始めた。
深々とえぐられた車両の轍の傍らに、その騎士の足跡が残ることはない。

ムリナール様……?

……はぁ。

……カジミエーシュの騎士様や……何故それほど失望なさるのか?

何故剣を残し……独り道を進められるのか?

……あれからも二十数年か。そろそろ儂もエヴァに約束したように、外に連れてってやるべきかな。

……あの工場の付近でばったり会った。

そりゃまあ……恋しがるのも無理はないさな。

なんであいつがあんな場所に?

どうせ道にでも迷ったんじゃないのか?なんせ数年ぶりにあそこを通るものだからな。

ハッ、それを本人の前で言ってみろ、どうなると思う?

フフッ、言えるはずもないな。

てっきりウルサスに向かったと思ってたぜ。なんせあの二人を探しに大騎士領を出たんだしな。

彼の兄が自伝で描いた北風と雪原の風景はただのでっち上げじゃなかったのか?あの頃の私たちはそう思っていただろ。

あの尊敬してやまない騎士の二人がどこに行方を晦ませたかについてだが、本来なら監察会の上層部しか知り得ない情報だ。

どうやらお前さんが征戦騎士に入ってからも手がかりは得られなかったようだな?

ああ、残念ながら。

見過ごせないと思っているのは彼だけではないさ……

辛うじてまだ憶えているよ、二日前の夜にも一緒に集まってはあの失踪した二人のニアールについて話し合った夢をな。

……まっ、あれは久しぶりに休みを取った有給旅行とでも思って貰えればいい。

もう何年も音沙汰ナシなんだ、ムリナールだってバカじゃないさ。

そうだ、近頃ここ一帯の治安が悪化してることはあいつにも伝えたか?もしかしたらちょっくら手伝ってくれるかもしれないぞ?

ああ、彼にも手を貸してもらいたい。だから彼の武器を騎士団の武器職人に調整しに預けてもらった。

まっ、お前みたいな武器に拘りがある人間からすれば、ありゃ見てられないもんな。

いくら仕事で剣を使うことがなくても、二アール家なら大騎士領に一人や二人ぐらい武器職人は抱えているはずなのでは?

いるっちゃいる。

たとえば、俺らがウルサスとの紛争に巻き込まれた時、俺がムリナールに言われて幾つかの騎士団との連絡係にさせられたことがあったろ?

そのうち何人かが俺らを“サルカズ騎士団”と呼ぶようになった連中がいるんだが、そいつらはみーんな二アール家のお抱え職人になった。

キリルにもスニッツにもついて行ったことがあったし、ムリナールのあの戦火を越えていく勇ましい姿も見たことがあるさ。

それともう一人いるんだ、あいつの可愛い姪っ子でな。向こう見ずなぐらいまだまだ若いもんだから、危うく騎士競技というドブ水の中にボドンしそうになったことがあったんだ。

そんなあいつらに、あんな性格をしたムリナールが武器を預けると思うか?

フフッ、なるほど。

いやしかし、その人たちに武器を預けることだってできたはずだろう。

……今の彼が未だに自分の剣を必要としていると思うか?

今の彼が、“厄介事”を見かけても解決してくれると思うだろうか?旧情からではなく、一人の騎士として。

……どうして急にそれを?

……少し、個人的な恨みがあるんだ。

私の先代騎士団長は出身も貴族からやっかみを買ったことも気にしない寛大なお方だった。私も十年來ずっと彼を師として仰いでいたよ。

だが私が彼の後を継ぎ、騎士団の文書整理に取り掛かった時……

私が今まで堅く信じていた騎士道の訓令の後ろに、びっしりと私腹を肥やすために交易された権益の数々までもが書かれていたとは思いもしなかった。

なにもカジミエーシュにいるすべての騎士を責めてるわけではない……ただ私はもう、あの高潔な騎士とは程遠い存在になってしまったと言いたかっただけだ。

それをただのバウンティハンターに言うのか?

友人だからこそ聞いてもらいたかったのさ。

知っての通り、私は堅物だ。

君からすれば騎士の掟は何の役にも立たないものかもしれないが、少なくとも人を取って食うようなマネはしない。

……セレナだって非業の死を遂げることもなかったはずだ。

……セレナが死んだだと?そりゃいつだ……?

もう何年も前の話さ。

すまない、気軽に伝えられるようなことでもないから伝えるのが遅れてしまった。

……だがムリナールは知っていた。当時セレナが大騎士領まで連れて行かれた際、わざわざ彼に助けを求める手紙を送ったんだ。

大騎士領に、か……そりゃ厄介極まりないことだったろうよ。

だから彼も手の打ちようがなかった。セレナが死んだのは彼のせいではない、分かっている……彼は何も悪くはない。

ただあの時送った手紙はあれからまったく返してはくれなかった。だから今日会った時、どうしても口走ってしまってな。

……

もしあの手紙がキリルへ弔問の手紙に紛れ込んでしまったのなら、それはこちらがただ単に不運だっただけだろう。

だが彼は私の手紙を受け取り、そして読んだと言った……なのに彼は一切の過去に口を閉ざし、私の恨みにすら見向きもしてくれなかったんだ。

彼はいつから――白黒はっきりつけず、ただ有耶無耶にするような人間になってしまったんだ?

……

ちょいと質問させてくれ。

バウンティハンターの手を借りるつもりはない、だがお前さんの個人的な復讐劇にあいつを巻き込もうとしている……

お前さん、あいつを味方につけたいのか、それともあいつに復讐したいのかのどっちなんだい?

……

誤解しないでくれ。