
なあマーティン、なんか最近店が寂れてきていないか?

そうかい?それはたぶんマリアがいなくなって、お前たちとの話し相手が減ってしまったからだろう。

そう言われてみればそうかもしれないな。

まあ、あの子もそろそろ外を見に行くような歳だしな。次はいつこっちに戻ってきてくれるのやら。

ならあの子がいつ戻ってきても工房を譲ってやれるように、しっかりと用意しておくんじゃな。
(バーの扉が開く)

――おやおや、これは久しぶりなお客さんだね。
(マーガレットが近寄ってくる)

やあ、みんな。

どうやらワシらの耀騎士様もようやく一息つけたって感じだな?

着々と軌道に乗り始めているさ、事務のほうも少しは手心を得たよ。

前から言っとったじゃろ、何もかも自分で背負うなって。今じゃゾフィアもマリアもおらんのじゃ、一人でやりきれるのか?

心配してくれてありがとう……確かにまだ自分ではどうにもできないこともあるが、やれるだけやってみるさ。

長らくカジミエーシュを離れてしまったせいか、それとも昔からこの都市のルールというものを軽んじてきたせいなのかもしれないな……

今こうしてその秩序と共存するようになって、私もようやく自分はまだ何も理解できていないことを知ったよ。

……それに時折、追放される以前のカジミエーシュでの記憶は、ただお爺様の手を繋いで、ひたすらにあの安全な道を辿ってきただけなのだとすら思えてきてしまう。

だから、私が出て行ったこの数年の出来事について、みんなから是非とも教えてほしい。
(ムリナールがトーランドに近寄ってくる)

よぉ、奇遇だな。またこうしてばったり会っちまったな、ムリナール様よ。

ンターたちに委託を寄越したのに行方を晦ますとは、ブラックリストにぶち込まれても文句は言えねえぜ。

……何か用か?

俺はちょっとこの村の様子を見に来てやったんだ。なんせ俺たちに助けを求めたのはここにいる村人たちだからよ。

本当なら工事の車列は今日ここに来て工事を始めるはずだったんだが、なにやらゲール工業に捜査が入ったって噂でよ、だからここの不動産取引もなかったことにされたらしい。

……新聞で読んだ。

ほほ~、ならこれも読んだんじゃねえのか……今回の調査でゲール工業以外の企業と貴族も関連していたことが発覚し、国民院が数年前にあった別の事件を掘り返したって。

あの時の主犯ならもう見つからねえさ、当時の野次ウマたちも何が起こったのかすらさっぱりだろうよ。

でもお前さんならきっと憶えているんじゃねえのか?

主犯の人間はもういないのだろう、なぜまだそのことで上機嫌にならなきゃならないんだ?

まあそれもそっか、そりゃあ俺たちの尊き騎士の旦那様は、きっとあの野郎には“復讐”するほどの価値もないと思ってるからだろうよ。

ちなみに俺たちしがいないバウンティハンターは、他所が手に入れた証拠を別の人に渡したっていう小さな仕事をしただけさ、お前さんが気に掛けるほどでもねえよ。

だがこれで一件落着、ようやく落ち着いてられるってもんだ……だから俺たちの腐れ縁に免じて、少しはお前さんにいくつか質問をしてやってもいいよな?

もしチェスブロについてのことなら、何も教えてやれることはないぞ。

ああ……お互い静かに考える時間が必要なのは分かっているさ。お前さんがまだ何も考えついちゃいなかったら、俺もこうしてお前さんを探しにはこなかったぜ。

でもよ、俺がどうやってお前さんを見つけたのか、そろそろそのからくりが分かったんじゃねえのか?

……何も教えてやれることはないと言ったはずだ。

もしそこまで気になるのなら……頑なに執着する人間は、最後にも実現し得ない騎士の理想に夢を見ていた、としか教えられん。

それに哀悼の意を示したいのであれば勝手にしろ。

ハッ、なんだか……残酷な話に聞こえるねぇ。

だがもう口から出ちまったもんだ、教えてくれたっていいだろ。

ああそうそう、前にあの独学で医者になった人とばったり会ってな。あいつ、武器を拾って戦場に横たわってた重傷の兄弟を送ってやってくれたんだ。

二人が最期なにを話したかは分からねえが、でもあの医者、全身血だらけだったぜ。それになんだかすごい落ち込んでる様子だった、悲しんでるのかなと思ったよ。

でもあいつ、なんって言ったと思う?

……

血が熱すぎるって言ったんだ。

死ぬ間際に、何もかもが希望に満ち溢れて信念も実現できると思えることは、幸運なことなのかもしれねえな。

だが、いま理想を語るもんなら、死んでも死にきれねえだろうよ。その理想に燃える熱さで傍にいる人たちに火傷を負わせることぐらいなら、まだ辛うじてできるかもしれねえが。

火傷だと?たとえその者が悲哀と怒りに燃える中で偏った理想を選んだというのであれば、いくら悲惨な目に遭ったところで同情する価値もない。

その者の疑問なら、私がずっと抱えてきたもの以下だったさ。

もし……その者がどんな悲しみを抱き、あるいは志を抱いてあんな極端な手段に走ったのかが知りたいのであれば、お前はきっと失望するだろうな。

そうかい?そいつは……残念だな。

道を違えてしまった者なら、もうイヤというほど見てきただろう?

俺たちがまだこの近くに屯ってた数年前、別のハンターの一味と小競り合いをしてた時、あいつはこっちにも手を貸してくれてたっけな。まあ正確には両成敗だったけど。

積極的に見回りをしてくれる征戦騎士……中々面白いヤツだったよ、そう思わないかい?少なくとも大騎士領で毎日通勤退勤を繰り返してる貴族の連中よりは強かな野郎だよ。

それは私への皮肉か、トーランド?

まあまあ、そうカッカしなさんな……

あと、今回の陰謀が破綻した後、感染した労働者たちも秘密裏に保護されたって聞いたぜ?政治闘争に巻き込まれずに済んでよかったな。

――んでぶっちゃっけると、俺はあいつらを辿ってお前さんを見つけたのさ。

なあムリナール、お前さんは今どう思ってるんだい?

もうあれから何年も過ぎちまったことだしよ。
騎士はひたすらに疑問を抱くべきではない。己の信じる答えを見つけるべきだ。

……答えなら得られていないさ。

カジミエーシュ側からしても、私に答えてもらう必要はない。

……

私はただの一般人だ、そこまで私に追及する必要はないはずだが?

だとしても……いい加減大騎士領にずっと引き籠もってる以外の方法を考えな。

それにいつまであいつの死で自分を責めたり、その償いのためにあんなことをするわけにもいかねえだろ。

――お話の最中にすみません、お二方は観光客でいらっしゃいますか?

ここはビールが特産なんで、一杯いかがです?お外でも飲めますよ。

いや結構だ、もう寒い時期になっちまったからな。

……いや~残念、一人で飲んでも面白くねえってのが実情で断っちまった。じゃなきゃ気分転換に飲みたくってやりたかったぜ。

もしチェスブロがもう何日か我慢して、こうして昔っからの知り合い同士の集いに来てくれたのなら、もうちょい賑やかになれたはずだ。

そうすりゃ、お前さんがずっと目が覚めてるのに傍観に徹していようが、誰もお前さんを責めたりはしなかったのに。

……傍観に徹するとは一言も言っていないぞ、トーランド。

ただ、騎士の理想をいつまでも否定し続けてきたのはこの私だ。それに最後……

……私は彼を殺してしまった。

……

それでも私は……彼を尊重しよう。彼に問いかけた最後の質問のためであっても、私はそれに応えてやらねばならないのだ。

実は今朝、お爺様の墓参りに行ったんだ。

墓前に立ってる時、色々と思い出したよ……過去に関する遺憾や、今起こってる様々な出来事について。

お爺様と話がしたかった、彼の助言をもらいたかった。だが私に伝えることができたのは、あまりにも遅い別れの言葉だけだったよ。

……昨晩仕事を終え、静かにペンを置いた時も、お爺様はもういないんだと、もうお爺様の容態に配慮して声を小さく抑える必要はないんだと気付かされた。

……そう自分を責める必要はないぞ、マーガレット。

あの頃のお前さんはここに戻ってこれなかったし、戻ってくるべきではなかった。みんなそれをきちんと理解しているさ。

だが今でも後悔しているんだ、もっと傍にいてあげればよかったと。お爺様の最後の言葉を聞いてやれなくて残念でならない。

……お爺様が重篤になった頃、トランスポーターを私に寄越してくれたとマリアは言っていたが、そうなのか?

ああ、送った。

だがトランスポーターはお前に会えなかったと聞いて、キリルはむしろ安心していたよ。なんせトランスポーターですら見つからないのなら、殺し屋たちも簡単には見つからないからな。

これはキリルの旦那が言ってくれたことなんだが……今のカジミエーシュに戻ってくるよりも、子供たちには他所ですくすくと育っていってほしいって言っていたさ。

少なくとも、今のお前の姿を見たら、きっとすごく喜んでくれるはずだ。

ありがとう……

では、お爺様が亡くなった後、家の様子はどうだった?

相変わらず狙われていたよ……君のところに送ったトランスポーターも、帰り際に矢傷を受けたんだ。しばらくはここに隠れなきゃならないほどだったよ。

ペッ、所詮はトランスポーターぐらいしか相手にできぬ連中じゃ……もしニアール家に手を出しておったのなら、ワシらが手をこまねいているはずもないわい。

……そうか。

私も早く気付くべきだった。こういった襲撃事件はいつだって起こり得る。ただお爺様がいたからこそ、我が家は襲われずに済んでいたんだと。

実は、私も最近脅迫まがいなことに遭ったんだ。

なんじゃと!?一体誰だ、お前さんをイジメるようなヤツは!?

いや、直接狙われたわけではない。後から知ったことなんだが、私が近頃ボランティアに参加した際に知り合った中学教師の友人が襲われたんだ。

私の宣言は、商業連合会からしたら宣戦布告だ。だから向こうから匿名の手紙が届いたんだ、自分の発言には気を付けろという旨が書かれていたよ。

だがこれは決して私の宣言ないし発言のせいで脅してきたわけではないのは分かっていた。ヤツらは単にきっかけが欲しかっただけだったのだろう。

この襲撃はきっと私が畏縮し、もはや脅威になり得ないと判断するまで続くはずだ。

だがもちろん、私も戦い続ける、私の為せるすべてを以て皆を守り抜こう。ただこういった出来事も、あなたたちには伝えておこうと思って。

私がこうして前回のメジャーリーグを無事に完走できたのも、すべて友人たちの献身的な手助けがあったからこそだからな。

ったく、水臭いぞ?ニアール家に手を出すもんなら必ず加勢しに行くさ。まあ何より、襲ってきた連中はどいつもこいつもザコばっかりだったけどよ。

仕事が多忙だからって、私たちに頼ることを忘れるんじゃないぞ。

みんな、本当にありがとう……

いや~にしても、俺たちのマーガレットもますますニアール家の首席騎士らしくなってきたもんだ。

そんなことはない、まだカジミエーシュに戻ってきたばかりだ。まだまだ私が担うべき責務もあるし、理解できていない箇所だってたくさんある……

そうだマーガレット、君はロドスとカジミエーシュの対応作業を請け負っていると言っているが、向こうは感染者の面倒を見てやっているはずなんだよな?

あの感染者と医療オペレーターたち、君に影響されてはいないか?

ああ、それなら安心してくれ。感染者の対立が深刻化してる地区でも、ロドスは援助を惜しまない。社会各方面からの危機への対応なら、彼らのほうが上手だ。

……だが、治療に協力してくれない感染者も数は少なくない。これが一番の厄介なんだ。

それは……金銭面に問題があるからか?

ああ、ロドスの援助は一時的なものでしかないからな。その後の鉱石病の発症を抑えるには、やはりどうしてもに継続的に薬を買わなければならない。

今のカジミエーシュに住まう感染者たちにとって、騎士になる以外の道はない。だから後続の治療代を支払えなくなる人はどうして現れてしまうんだ。

……ロドスは単に、その感染者たちから金をむしり取るつもりでしかないと考える人もいるだろう、なんせこれは不治の病だからな。

――すまない、感染者の話になるとつい口数が多くなってしまう。

家に話し相手がいないからだろ、話がしたいのならなんでも俺たちに話してくれ。

それにマーガレットがこういったことに心配してる様子を見ると、立派な大人になったんだなとしみじみ思えてくるもんだ。

あはは……そうだコーヴァル師匠、うちの廊下に飾られてる、私の両親の若い頃の肖像画のことはまだ憶えているか?

昨日ふと気づいたんだ、私はもう写真の中にいる両親とほぼ同い年になってしまったよ。

それはホントか?いや~時間が流れるのは早いもんだな。

ああ、自分でも痛感してしまうよ。だからこそここに来た。

確か両親が去って行った時、私はちょうど本を読めるぐらいの歳だった。

あの頃の私は、騎士の本に載ってるヒロインの挿絵は、どれも母の絵をモチーフにして描かれていたものだと思っていたよ。

……だが二人は、一体どういう騎士だったのだろうか?二人が去って行った頃の私はまだまだ幼かったよ。父が本気でトレーニングに付き合ってくれなかったぐらいに。

むかし決闘していた時、ライムさんが私に言ってくれたんだ。お前は本当に父親に似てると……

スニッツのヤツがそんなことを……

ワシがまだ征戦騎士を務めていた頃、あいつ以上に天賦の才という言葉が相応しい人間を見たことはなかったわい。

キリルの長子だからこそ、性格は真っすぐなもんじゃった。キリルに関する伝説や噂も、あいつが弟子になった時からはもうすでに流布され始めていたもんじゃったな……
(バイブ音)

すまない、電話だ……

……感染者用診断技術の応用場面の相談?分かった、こっちも伝えた後に準備しておこう。

どうやら耀騎士様は、まだご公務中のようだな。

本当にすまない、できればもう少し長くここで休んでいたかったんだが……

気にしなさんな、どうせワシらはずっとここで屯しておるよ。

……やれやれ、ニアール家のことでどうして頭から離れんわい。スニッツの名を聞いたのは久しぶりじゃ。

あいつも本来ならキリルと同じように、カジミエーシュの歴史に刻まれる英雄になるべき人だったのにな、残念だ。

そうじゃな、あいつほどの輝かしい光でさえも、ほんの少しだけ戦場でピカッと煌めくだけに終わってしまったとは。

……憶えておるか?ワシらがまだ東部戦線の要塞に反撃に出た後、ウルサスの第一支援郡がどこからともなく部隊の道を塞ぎに来た時のことじゃ。

ハッ、忘れるわけないだろ?あの時の俺は、もしかしたら数年もしないうちに、あの二人が征戦騎士の指導者として戦場を縦横無尽するんじゃないかって本気で思ってたぐらいだよ。

ワシも同じようなことを思っておった。少なくともあの若いニアール二人が功績を建てない限り、ワシは退役できないとな……

それがまさか、ワシらが戦場を去る前にはもうすでに、征戦騎士の部隊からニアールの名が消えてしまったとは。

はぁ、ムリナールのヤツも自分から脱退していったしなぁ。

……まあ、ヤツが率いていたのは正真正銘の騎士団ではなかったからのう。

スニッツはそんなムリナールたちを作戦に編入させようと考えていたんだが、ほかの騎士団から猛反対を食らった。ムリナールも自分の友人らに嫌な思いをさせたくはなかったんじゃろう。

……「たかが要塞を越えて家に戻りたがってるだけの流民が、騎士として扱えるはずもない」と言い捨てながら抜けていった。

はぁ、というかヤツは今どこで何をしておるんじゃ?さっきマーガレットに聞いておくべきじゃったわい。

マーガレットが自分から言い出さなかったのなら、大方まだ手紙も寄越していないんだろう。

昔っから一年ちょっと家を留守にしてたことだってザラだったろ、あいつなんか放っておけよ、今はマーガレットが家を見てくれてるんだ。状況もきっとこの先よくなるさ。

お前さんら二人が最期の何を話したかは聞かないでおこう。

あれも全部お前さんが決めたことだしな。

だがカジミエーシュにもう騎士は必要ないって言うのなら、俺も反対はしないぜ。

大勢の人からすれば、苦難を打ち砕いてくれる騎士よりも、しばしその苦難をひと時でも忘れさせてくれる競技場の演者のほうが魅力的だ。

そいつらはそこまで自分の生活が打ち砕かれることを望んじゃいねえさ。面倒臭ぇし、最後まで抗ったところでロクな目に遭わないし。

……彼もそれを承知していたはずだ。

ああ、きっとそうさ、俺たちもとっくに承知済みだ。ただあいつは……がむしゃらに過去へ突き進むことを選んじまっただけなんだよ。

ったく、少しは落ち着こうとは言ったものの……

こんなんじゃ俺たちも、落ち着いて安らぐこともできねえだろうな。
羽獣の鳴き声が聞こえてくる。越冬を告げる独特な鳴き声だ。
これを聞けば、何年も前に踏みしめた際の新雪の音と武器に付着した霜のことを、人々は思い起こすだろう。
一片の雪が谷底へ音もなく落ちていこうと、人々の耳にはいつまでも冬の北風の吹き荒ぶ風音が響き渡るのだ。

……しっかし、まさか俺みたいなロクデナシな野郎でも、少しは人助けみたいな真っ当なことができるんだな。

責め立てられてるその“大勢の人”ってのは、一体誰のことを指してるんだろうな?

……

そう考えると、その大勢の人であり続けるのも、別段恥ずかしいことではなさそうだ。

それにあいつ、ちゃーんとお前さんに剣を返してくれたしよ。

……今のカジミエーシュは、もはや武器を磨き上げる必要はない。

そんな手間のかかることをする必要はないのだ。
送還された感染労働者たちは、どうやって今年の冬を越えようかと話し合われている近隣の村人を通り過ぎ、静かに村の隅にある小屋へと戻っていく。
人々が閑談する際に吐き出された白い息は、炊煙とともにゆっくりと広がっていく。
彼らはもはや、もし工事の車列が来たら今年の冬はどう越せばいいのかと、心配する必要もなくなったのだ。

……ところで、レッドパインの連中からある招待状を渡されたんだ。

……ロドスからの手紙?

海外企業ではあるが、お前さん向こうとはそれなりに面識はあるだろ?

ロドスのやってることに微塵の興味もないのは分かっているさ……でも、今は少なくともその手紙を残しておきな。

向こうの手助けもあって、今回征戦騎士からあの人を救出できたんだしよ。

レッドパインの若い連中が戦闘で助けてくれたことを抜きにしても、ロドスが通行証を貸してくれただけでも相当デカい借りが出来ちまった。

もちろん、お前さんには是非ともそこに加入してもらいたいとは思ってる、だがお前さんはまだ考えを改めるつもりはないらしい。だから先に、あいつらの恩を返させてもらうよ。

それに、向こうの“ドクター”って人がきっとお前さんに……兄夫婦のことを少しは漏らしてくれたんじゃないのか?

大騎士領に代わって伝えてくれたのかな?本当ならラッセルはマーガレットに伝えたいと思ってたはずなんだが、それがお前さんのところに来ちまったとはね?

ただの憶測ならそこまでにしておけ。

へいへい、適当に言っただけだって。

んでお前さんこれからも探し回るつもりなのか?手がかりも何もないってのに?

……希望はある。

根拠もない希望なのに?

それでも十分だ。

……大騎士領に籠っていた十年間、私はこれ以上の希望を持ち合わせたことはなかった。

未だに自分の暮らしを、この時代を……あるいは己自身を変えようと意気込む者というのは、あまりにも幼稚が過ぎる。

やれやれ、耳が痛い話だぜ。

なら、ここしばらくマーガレットに手紙の一つや二つも寄越してやらなかったんじゃないのか?

必要あるか?彼女自身で請け負った厄介事だ、ならば自分でその責任を担え。

もし彼女がお前さんと同じ出来事に遭っちまったら、少しはその先輩としての責務を果たしてみたらどうなんだ?

自分のやり方で貫き通せ。

まあいいや。んでお前さん、これからの行く宛ての目星はついてるのかい?

あのー、すみませーん――

ツヴォネク市って今どこにいますか?あっちの方向ですかね?

えっ、知らない?そうですか、じゃあもうちょっと進んでからまた聞いてみます。

もう車乗るのイヤ――

もうすぐ着くから我慢して。いい子にしてたら、パパが後でフルートを買ってあげるからさ、ね?

リターニアの楽器ってのはほかの都市じゃ全然買えないからね。

……
彼は未だに、ほぼすべての行くべき道を覚えていた。しかし進みゆく都市の行き先を指し示してくれる道標は、もはやどこにも存在し得ない。
すべての道には目的地があるものだ。だが、彼が探し求めているものはその先にある。

……ただの道も知らぬ彷徨い人だ。その者がどこに行こうが、気に留めることもないだろう?