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【明日方舟】11章 淬火塵霾 11-1「栄誉の守り」行動前 翻訳

二十六年前
1072年
5:11p.m. 天気/曇り
ロンディニウム、オークタリッグ区、カンバーランド公爵邸

???
重苦しい声

陛下……先ほど届いた情報によれば、例の二人の議員が獄死したそうです。

???
激昂する声

フンッ、ヤツらに相応しい最期じゃないか。我々もそろそろ議会に分からせてやるべきだろう。ヤツらが仕えるべきなのはヴィクトリアであり、断じて金貨をポケットに詰め込もうとする商人どもではないのだと。

???
重苦しい声

気を急がれているのは理解しております。しかし陛下が司法機関に圧力をかけ、動向を探っている議員たちを怯ませてしまっては、却って議員たちに手を滑らせてしまうという懸念の声もございます。

???
激昂する声

ハッ、そのまま怯んでいるがいいさ!それで立場を弁えてやれるのならなおのことではないか!

???
激昂する声

こうも戦争が続いてしまえば我々の先祖が培ってきた財を浪費するだけだ、そんな状況だというのにあのハゲタカどもは私腹ばかりを肥やしよって……!

???
重苦しい声

何も譲歩とまで言いませんが、ただ陛下にはもう少しゆっくりと……

???
激昂する声

ゆっくりとだと!あのハゲタカどもは一度だって遠慮したことがあったか!なぜヤツらが食い物を奪い合っている際に“もっとゆっくり”と言ってやらないのだ!

???
激昂する声

このまま新しい税制を敷かなければ、いざ敵がヴィクトリアに押し寄せた場合、傭兵とて我々のもとから去っていってしまうぞ!

???
重苦しい声

志と誠実さを持った者たちであれば、必ずや陛下のもとに残って頂けますとも。

???
激昂する声

フッ、紅きドラコもそう思っていただろうさ。王冠を差し出すハメになる前にな!

???
激昂する声

彼の結末を知らぬ我らではないはずだ。

???
重苦しい声

ご安心くだされ。このチェンバレンめの赤心、いつ何時でも陛下のお傍にあられます。

???
激昂する声

無論だ、“高潔なるチェンバレン”よ――私が君を疑うはずもないではないか?

???
激昂する声

しかしだロバート、ヴィクトリアはすでに火急の危機に瀕している。王の権威は刻一刻とこの地から消え去ろうとしているのだ。

???
重苦しい声

なぜそのようなお考えに至るのですか?

???
重苦しい声

明後日には陛下の生誕日になります、みな陛下のお姿を一目見ようと待ち望んでおられますよ。軍は陛下に礼を敬し、臣民たちの歓声もきっと式典会場を埋め尽くさんばかりでしょう。

???
激昂する声

今年はそうかもしれんが、来年はどうだ?私のアレクサンドリナが即位した際はどうなんだ?

???
激昂する声

我々はいずれこの世を去るのだ、ロバート、遅かれ早かれ必ずな。

???
重苦しい声

何を仰いますか陛下――

ヴィクトリア兵
ヴィクトリア兵

陛下、閣下。

ヴィクトリア兵
ヴィクトリア兵

お話し中に失礼致します、ご報告したいことが――

ヴィクトリア兵
ヴィクトリア兵

宮殿の地下に何者かが侵入し、諸王の息吹が盗まれてしまいました。

???
重苦しい声

……なんだと?

ヴィクトリア兵
ヴィクトリア兵

加えて……アレクサンドリナ王女殿下も、行方不明に……

ヴィクトリア兵
ヴィクトリア兵

衛兵たちがすでに関連する区域を閉鎖し、捜索しております。ただ、未だ消息は掴めておらず……

???
重苦しい声

こんなデリケートな情勢下の中で、王女殿下と宝剣が同じタイミングで消えただと?

???
重苦しい声

貴族たちがこんな時にしゃしゃり出るとも思えん、いやしかし……

???
重苦しい声

ご安心くださいませ陛下、私がこの一件を担いましょう。今すぐに……

???
激昂する声

慌てるでない、我が友カンバーランド。アレクサンドリナにはあの子の師がついている、あの子を脅かせる輩など居もしないさ。

???
重苦しい声

師、ですか?それは例の……

???
激昂する声

あの子は彼のお気に入りだ、私よりもあの子へ関心を寄せているのを見れば分からなくもないさ。

???
激昂する声

諸王の息吹のことなら、どこにいようがきっとその本分を尽くしてくれるさ。

???
重苦しい声

それはつまり……宝剣としての本分、という意味ですかな?

???
激昂する声

フッ、徳を持つ君主が手に持ってこその宝剣だ、当然だろ。あの学者たちの研究材料にされる前まではな。

???
激昂する声

共にその日がやってくるのを待ち続けようではないか。

???
重苦しい声

……

???
重苦しい声

陛下がそうおっしゃるのであれば。

[激昂する声]これもお互いの娘たちのためだ、ロバート。

???
重苦しい声

はっ、これも陛下のため……ヴィクトリアのためにございますな。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

お持ちくださいお嬢様、走っては転んでしまいますよ――

アラデル
アラデル

イヤよ、はやくお父様のところに行かなくちゃいけないわ!

アラデル
アラデル

今日お屋敷に戻られていたのは知っているのよ。はやく急がなきゃ、いつまたどこかへ飛んでいかれるか分からないもの!

侍女のエルシー
侍女のエルシー

公爵様は近頃ご多忙でいらっしゃいますが、もしお嬢様が会いたいとお耳に挟まれたら、きっと付きっ切りでお相手してくれるはずです。そう急がれなくとも。

アラデル
アラデル

会いたいわけじゃないわよ!

侍女のエルシー
侍女のエルシー

ではなぜそんなに急がれているのです……?

アラデル
アラデル

伝え……伝えたいの、ヨークには行きたくないって。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

田舎へ行かれるのはお嫌いでしたか?しかしそこの荘園はこのお屋敷よりも格段に広くて、お嬢様も昔はそこの草地を気に入っていたではありませんか。いつも小作人の子供らと一緒にクリケットを遊ばれて。

アラデル
アラデル

場所は好きよ、場所は!

アラデル
アラデル

でもまだ夏になってないじゃないの!いつもならロンディニウムにいなきゃならないわ。それに、今回はわたしとお母様だけがそこへ向かうことになってるのよ、変だとは思わないの?

侍女のエルシー
侍女のエルシー

とは言えまずは落ち着いてくださいな。マンチェスター伯の執事から聞きましたよ、今年はたくさんの貴族家のお坊ちゃまやお嬢様がいらっしゃるそうです。社交界で新しく流行っているんでしょうかね?

アラデル
アラデル

そんなんじゃないわよ。

アラデル
アラデル

いいかしらエルシー?お父様はきっとわたしを避けているのよ。いつも剣の稽古をねだってばかり、おまけにガリア語を勉強してもロクに習得できないから、わたしを追い出そうとしているんだわ。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

今この場でお伝えしていいかどうかは分かりませんが……

アラデル
アラデル

別に好きに話したらいいじゃないの、ここにマナー講師がいるわけでもないんだし。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

……では。ただ、これはあくまで私個人の観点での話になります。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

お嬢様、公爵様ならお嬢様のことをとても愛しておられます。ああいう決断をしたのも、すべてはあなたと夫人のためなのですよ。

アラデル
アラデル

だったらなおさらわたしを追い出さないでもらいたいわね。

アラデル
アラデル

でも……わたしもお父様のことは愛しているわ。すごく、すごくね。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

うふふ……どうされたのですか、そんな恥ずかしそうにして?

アラデル
アラデル

こんなこと、子供でしか言わないからよ!

アラデル
アラデル

わたしだって、いつまでも頼りない娘だって思われたくない。わたしももっと強くならなくちゃ、いつかわたしもひいひいひいひいお婆様みたいに騎士になって――

侍女のエルシー
侍女のエルシー

お嬢様ならまだまだ子供ではありませんか。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

ともかく、今は心の内を公爵様に打ち明けられては如何です?温厚で寛大な公爵である前に、理解を示してくれるいい父親です。きっとお嬢様の思いも理解してくれるはずですよ。

アラデル
アラデル

じゃあ、お父様のところに行ってもいいの?

侍女のエルシー
侍女のエルシー

ええ、私はいつまでもお嬢様の味方ですから。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

ただ何度も言ってるように、足元には注意くださいませ。草花に足を取られて転んでしまわれたら、庭師のジムが悔やんでも悔やみきれなくなります。

アラデル
アラデル

だったらジムに伝えてちょうだいな!草花でこのわたしを転ばせることができたのなら、それは彼なりの実力なんだって!

侍女のエルシー
侍女のエルシー

もう、仕方ないですね。

侍女のエルシー
侍女のエルシー

でしたらせめてお召し物を汚さないように気を付けてくださいませ、アラディお嬢様……夜のパーティには陛下もお見えになられるのですよ!

貴族の男
貴族の男

して、あのチャールズ・リッチにはもう会われたかな?

貴族の女
貴族の女

新しく蒸気騎士に叙された彼ですわね……あの歳からすれば偉業ですことよ。今日ここに来られた方たちも、きっと彼がお目当てだったでしょうね。

貴族の男
貴族の男

だが、早々に去ってしまわれたことが何よりも残念だ。ロンディニウムに駐在していた蒸気騎士たちも全員、異動命令を受けたと聞いてるぞ。

貴族の女
貴族の女

……今回の相手はサルゴンでして?それともリターニア?

貴族の女
貴族の女

もういい加減戦争は勘弁願いますわね。戦争をするたびに、こちらは祖父が残してくれた絵画を売りに出すハメになっていましてよ。物価もこの頃天井知らずでもう大変のなんの。

貴族の男
貴族の男

今回の異動の命令は直接議会が出したものだ。

貴族の女
貴族の女

……議会が?

貴族の女
貴族の女

まあ、考えてみれば当然ですわね……蒸気騎士は元より議会に属しておりますもの。というか、相変わらずお耳が早いですこと。

貴族の男
貴族の男

素早く情報をキャッチしてこそ投資も上手くいくものだよ、特に今はね。もう損得を気にしてる場合でもないのだが。

貴族の男
貴族の男

この国がどうなるかは、すべて我々にかかっている。だからこそ、もっと有識者と関係を広げておかなければならないのさ。

貴族の男
貴族の男

例えば、リッチ少佐とか……

貴族の女
貴族の女

今はもうチャールズ騎士爵でしてよ。

貴族の男
貴族の男

……サー・チャールズは真面目でいい騎士だったよ。最後までヴィクトリアに忠誠を貫いてくれた。

貴族の男
貴族の男

北の辺境領に置かれてる高速戦艦に在籍してはや十年近く、立てた戦果は数知れず。おまけにあの若さで蒸気騎士として封ぜられたのだから、逸材とはああいう人を指してるんだろうね。

貴族の女
貴族の女

彼も以前はロンディニウムに住んでいたと聞きましたわ、確かオクトリーグでしたっけ?ご家族に関しては何も分かってはいないけど。

貴族の男
貴族の男

家族がどういう身分であれ、彼は紛れもなくヴィクトリアを支える支柱の一人だったさ。

貴族の男
貴族の男

今じゃ蒸気騎士は栄誉そのものだ、過去に陛下のお傍で媚びへつらっていた佞臣どもとは違うね。

貴族の女
貴族の女

何か物言いたげな口ぶりですわね?

貴族の男
貴族の男

いやいや、そんなことはないさ。ただまあ、サー・チャールズという珠玉を傍に置いたら、先祖が築いた栄誉に縋りついてる者たちは見ずぼらしく見えるのなんの――

アラデル
アラデル

……

(アラデルが貴族の男にぶつかる)

貴族の男
貴族の男

おっと……これこれ、どこのお嬢さんなのかね?パーティ会場内で走り回るもんじゃないよ。万が一陛下や公爵様とぶつかってしまえば掴まってしまうかもしれないからね?

貴族の女
貴族の女

この装い……それにこの髪色……ねえリチャード、この子は……

アラデル
アラデル

カンバーランド家は媚びへつらってなんかないわよ!

アラデル
アラデル

わたしたちだって蒸気の鎧をまとうのに相応しいんだから!陛下やヴィクトリアのために先陣を切って、命を捧げる覚悟ぐらい持っているわよ!

侍女のエルシー
侍女のエルシー

アラディお嬢様!

侍女のエルシー
侍女のエルシー

大変失礼致しました、リチャード様、マーサ様……お嬢様は少々お身体が不調気味でして、故意にぶつかったわけではありません。私の監督が行き届いておりませんでした、誠に申し訳ございません。

アラデル
アラデル

なんでエルシーが謝ってるのよ!?

アラデル
アラデル

わたしたちカンバーランド家の栄誉は、誰にだって汚させはしないわ!

アラデル
アラデル

わたしもわたしのご先祖みたいに、立派な蒸気騎士になってやる!

アラデル
アラデル

見ておきなさい……わたしが大人になったら、全員ぎゃふんと言わせてやるんだから!

侍女のエルシー
侍女のエルシー

お嬢様!

アラデル
アラデル

……

アラデル
アラデル

失礼するわ!

(アラデルが走り去る)

侍女のエルシー
侍女のエルシー

お嬢様、お待ちを!

侍女のエルシー
侍女のエルシー

申し訳ありませんリチャード様、マーサ様。お嬢様の後を追わなければいけないので、ここで失礼致します。

(エルシーが走り去る)

貴族の女
貴族の女

アラデルお嬢様は率直でいい子ですわね、あなたと違って。

貴族の男
貴族の男

ふふっ……夜のパーティでお目にかかれると思っていたのだが、こうもはやくお会いできたとは誠に僥倖だ。そう思わんかね、マーサ?

貴族の男
貴族の男

子供というのは誰だって純粋無垢なものだ。しかしだね……

貴族の男
貴族の男

大きくなるにつれ、色々と学ぶことも大切だよ。

息絶え絶えになりながらも、中々の距離を走り回った幼きアラディ。
本来なら父のもとへ訪れるべきであったのだが、意図せずしてこの小さな部屋へ潜り込んでしまった。ここはパーティ会場や公爵の書斎からも遠い、楼閣にほど近い場所である。
なぜ父は自分を追い出そうとするのか、なぜあの煌びやかな客人たちはあんな風にカンバーランド家を貶すのか。頭に血が昇ってしまっている今の彼女では、理解できるはずもない。
彼女はよくここに来て、古い友だちとお喋りに興じることがある。クリケットの試合に負けた際や、父が自分の誕生日パーティを欠席した時などといった日常における嫌なことがあれば、いつだってここに足を運ぶのだ。

アラデル
アラデル

あなたが最強の蒸気騎士のはずなのに!みーんな忘れちゃってる!

アラデル
アラデル

でもわたし、お父様から教わったわ。真に勇敢なる者は犠牲も忘れ去られることも恐れないって……だからわたしいいもん、あいつらとは言い争わないわ。

アラデル
アラデル

はやく大人になりたいなぁ……はやく栄光ある蒸気騎士になって、わたしたちの敵をやっつけてやる!

アラデル
アラデル

そしたら、カンバーランド家を悪く言ってくる人たち全員を見返してやるんだから!

アラデル
アラデル

でも、あなたには敵わないでしょうね。まあ、あなたの半分、いや三分の二ぐらいの実力があれば、わたしとしては満足かな。

アラデル
アラデル

むー、でもお父様言ってた。カンバーランド家たる者、高く目標を持つべしって!だったらそうね……

アラデル
アラデル

わたし頑張るからさ、励ましてくれないかしら?もちろん、あなたにだって負けないんだからね!

(何者かの足音)

アラデル
アラデル

(……誰か来た!?)

アラデル
アラデル

(エルシーかしら?)

パーティ会場には戻りたくない。そう思ってアラデルは腰を小さく曲げ、ひょっこりと見知った蒸気騎士の鎧の後ろへと隠れた。
そんな大きな甲冑は欠損していながらも、まるで幼子を守るかのように、すっぽりと小さなアラデルを覆い隠す。
そこへ徐々に徐々にと、知らぬ足音が近づいてくる。
視界はほとんど甲冑に遮られてしまっているため、アラデルは入ってきた人たちの顔をあまりよく見えていないが、辛うじて様変わりな影を覗き込むだけはできた。

???
顔が見えない軍人

時間が惜しい、それにせっかくのチャンスだ、今のうちに確認しておこう。

???
顔が見えない商人

……本当にここは誰もいないのか?

???
顔が見えない軍人

滅多に人が寄ってこない場所だ、安心したまえ。ほかの賓客も全員あのパーティ会場に集まっている、誰も私たちが抜け出してきたことに気付いちゃいないさ。

しかし、そこには息を殺して甲冑の隙間から覗き込んでるアラデルがいた。
全員が全員、あの煌めき輝くホールで手持無沙汰に興じてるわけではないのだと、彼女はそう思った。

???
顔が見えない商人

分からんな、なぜ今日動かないんだ?せっかく獅子が巣穴を離れた上に、衛兵も大して数はいないではないか。

???
顔が見えない軍人

ここで暗殺したところ、問題は解決せんよ。

???
顔が見えない商人

表沙汰になって首を吊るハメになるのが怖いとは言わせんぞ、将校さん。

???
顔が見えない軍人

絞首刑なんぞ恐れてはいないさ、貧困を恐れるお前と違ってな。そんなものと比べればまだマシなほうさ。

???
顔が見えない商人

だがこっちはもう他人に財布と首を握られてることにはうんざりなんだ。早いとこさっさとやってほしいものだがね。

???
顔が見えない軍人

親の獅子が死んだところで、まだ子供の獅子が残っている。その子供の獅子も殺さない限り、王冠がヤツらの頭からズレ落ちることはない。我々も首に縄を括りつけられたままだ。

???
顔が見えない商人

王を殺せるのであれば、その次を処分することだって造作もないはずだろ。

???
顔が見えない軍人

簡単に言ってくれるな。だがともかく、今は我慢だ。

???
顔が見えない軍人

蒸気騎士たちもすでに異動されているんだ。ロンディニウムに戻ってきた頃には、すでに事も終えているだろうさ。

???
顔が見えない商人

その際ヤツらはどう動くんだ?

???
顔が見えない商人

一心にヴィクトリアのために忠義を尽くしてるあの方たちと一緒さ。我々の行動に理解を示さなくても、あの方々の決定には従ってくれるはずだ。

???
顔が見えない商人

となれば、残りは王室の衛兵隊だけだな。

???
顔が見えない軍人

閲兵式に……

???
顔が見えない軍人

……塔の騎士たちを押さえつければ……だが肝心なのは都市防衛軍……

???
顔が見えない軍人

……一部の大公爵たちもすでに我慢の限界だ……

冷たい甲冑に顔を張りつかせているアラデルだが、彼女の額から冷や汗が止まることはない。
微動だにせずを保つのも限界に達してきた、加えて息も殺さなければないとなればこの幼い身体には負担も大きい。二人の影から伝わってくる声が次第に遠ざかっていってホッと一息つくも、なぜだか突如とまた近くへと寄ってきた。
それゆえにビクリと身震いしてしまったアラデルだが、なるべく自分の身体が鎧からはみ出さないようにと、つま先をピンと張り詰めてしまうぐらいに必死に隠れようとしている。

???
顔が見えない商人

この鉄クズはいつもここに置かれているのか?

???
顔が見えない軍人

……これは初代蒸気騎士の甲冑だ。

???
顔が見えない商人

初代の!?となれば二百年ものの宝物じゃないか!ふむ、きっといい値で売れるに違いない。

???
顔が見えない軍人

紋章が見えていないのか?これはカンバーランド家の蒸気鎧だぞ。

???
顔が見えない軍人

かつてこれを着こなした持ち主は、当時の君主と戦争に巻き込まれてしまった臣民たちを逃すために、三時間もガリア人たちの砲火に晒されては持ち堪えた。

???
顔が見えない軍人

戦場の跡地を整地しに戻ってきた際には、この甲冑は半分に吹き飛ばされてその場に放置されていた。中にいた人は、おそらく砲撃が始まって間もない頃にはすでにこと切れていただろう――

???
顔が見えない軍人

――死してもなお、この者は己の主君と臣民を守り抜いたのだ。膝をつき、敵に屈することもなく。

???
顔が見えない商人

ガリアの血が流れている君が、私よりも貴族たちの武勇伝を好んで話すとは思わなかったよ。

???
顔が見えない軍人

……私はただ英雄と称するに相応しい者たちへ人として基本的な敬意を向けただけだ。

???
顔が見えない軍人

英雄の遺物はお前のそのいやらしい目つきを向けていいものではない。いつかこの公爵邸が灰になっても、カンバーランド家は決してこの甲冑だけ差し出さないだろうな。

???
顔が見えない商人

フッ……しみったれた貴族の矜持ってやつかい?私からすれば無用の長物にしか見えんがね。

???
顔が見えない商人

だがまあ、所詮カンバーランドもほかの大公爵と同じように、手をこまねいているだけさ。この国の統治者が誰であれ、大公爵の権威が脅かされることはそうそうないからね、今しばらくは。

???
顔が見えない軍人

彼が少しでも時勢を読める人間であれば、カンバーランドとは呼べんさ。

???
顔が見えない軍人

それにしても、なぜ彼は未だに獅子へ忠誠心を貫こうとしているのだ?いずれヴィクトリアは大きな変化と遂げる、早めに鞍替えしたほうが身のためだと言うのに。

???
顔が見えない商人

下の階が騒がしいな、何かあったのか?

???
顔が見えない軍人

公爵邸が軍に囲まれた、中々の数だな。

[顔が見えない商人]なにぃ!?

???
顔が見えない軍人

静かにしろ、声がする。

???
ヴィクトリア兵

宮殿の地下が……侵入され……

???
ヴィクトリア兵

剣が……盗まれてしまい……

???
ヴィクトリア兵

オクトリーグの主要な道路を封鎖しろ……一人も逃すな……

???
顔が見えない商人

下での会話が聞こえたか?

???
顔が見えない軍人

人を探してるようだな。

???
顔が見えない商人

誰を?

???
顔が見えない軍人

陛下の衛兵隊も全員出動したらしい。

???
顔が見えない商人

まさか私たちがここにいることがバレてしまったんじゃ……おい、どうするんだ?

ふと、何者かが小さくため息をついたような、微かな音あるいは声がした。
鎧の後ろに隠れているアラデルの心臓も、ますますその鼓動を激しくしていく。

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