レオントゥッツォはあの日に起こったことを忘れていた。
あの頃の彼はまだあまりにも幼かったからだ。
しかし確かなことは二つだけである。
その日は、母の命日ではなかったこと。
その日唯一、彼の父が意気消沈していたこと。
雨が降りしきる街の通りを渡る幼きレオントゥッツォの目には、雨の中、傘も差さずに教会の外に座っている父の姿が映っていた。
彼は父に傘を差してやろうと思い駆け込んでいったが、その途中で転んでしまう。
そんな父は彼を抱っこしてあげた。その日の雨はいつもより大きかったため、抱っこしてくれた父の顔はあまりよく見えなかったが、父が狼狽えていることだけは鋭敏に感じ取れた。
そしてその時父は、彼にこう訊ねかけたのである――
シラクーザは、ファミリーがいないほうが幸せなのだろうか、と。

レオン、おいレオン!

起きろレオン!

うッ――

ディミトリー……

こんなとこで倒れ込んでどうしたんだ?ドンはどこだ?二人して襲われたのか?

いや……親父が俺を……

そうだ、親父は、親父はどこだ!?

こっちが聞きたいぐらいだ……それにさっきのラジオでルビオのヤツが、俺たちとサルッツォが手を組んでることをバラしやがった。

おまけに俺たち両家が手を組んでスィニョーラに歯向かうとしてるって蔑んできやがった。おかげで今じゃ、俺たちは全ファミリーから目を付けられちまったよ。
シラクーザは、ファミリーがいないほうが幸せなのだろうか?

こんなもの蔑みにも入らないさ、そうだろ?

レオン?

親父のやろうとしてること、今ようやく分かったよ。

まさかあのルビオとかいう人が……

ホントにバカな人だったわね。

何を言う、彼はいい人だっただろ!

あんなことを言っても無意味よ。

せっかくあのポストに就けたって言うのに、ほんの少し綺麗事を言っただけで殺されたんだから。

そんなの、あまりにも無価値が過ぎるってのに。

……あんた、泣いてるのか?

泣いてなんかない。

……ティッシュいるか?

どうも。
(ベルナルドが近寄ってくる)

……誰だあんた?ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ。

私はベッローネファミリーのドン、ベルナルドと呼んでくれ。

えっ、ベッローネファミリーの……ドン!?

……あの十二ファミリーの一家であるドンが何しにここへ?

確かここは、もうすぐ分離工程を行って新しい移動都市とドッキングし、中枢区画の副司令塔になるはずだったな。

……それが何よ。

そうか、ならここで一つ諸君に頼みたいことがある。

な、何を……?

副中枢区画の分離工程を起動させろ。

……そんな、そんなバカな。

だがこれですべて説明がつく。

親父がお前に言った、ファミリー同士のいがみ合いを起こさせ、スィニョーラを出現させること自体が建前だった。

親父は最初から、ベッローネファミリーそのものすらも駆け引きの材料としていたんだ。

今起こってるすべてが、親父の目論見通りってわけさ。

すべてはファミリーがいないシラクーザのための、な。

この国で一番大御所のファミリーんとこのドンが、すべてのファミリーを滅ぼそうとしているなんて……そんなことどう信じろと……

信じるしかないんだ、ディミトリー。

さっき、ほかのファミリーら全員が俺たちに目を付けていると言っただろ?

ああ、いくら向こうがルビオの話を信じたとしても、すぐ行動に移そうとするファミリーはそう多くいないはずだがな。

まあ、これも時間の問題だとは思うが。

賽は投げられた、というわけか……
シラクーザは、ファミリーがいないほうが幸せなのだろうか?
親父、それがずっとお前が思っていたことだったんだな。
だから最初からディミトリーを寄越して、俺を試そうとしたのか。
だが、そんな俺に何を望んでいるんだ?
こんな俺に、一体何ができるのだろうか?

レオン。

なんだ?

……あんたは自分のやり方でやるって言ってたよな。

ああ。

ならあんたもシャキッとしなきゃだな。

とにもかくにも今は緊急事態だ。ドンがいない今、あんたがこのファミリーのドンなんだぞ。

俺たちもさっさと動いたほうがいい。

……分かっている。

……ならサルッツォのほうに伝えてくれ、アルベルトに会いたい。

それと、お前はロッサーティのウォーラックを探してくれ。

それって……ああ、分かった。
(ディミトリーが走り去る)

……
俺も、一体自分に何をしてもらいたいと望んでいるんだろうか?

カラッチの事績を通じて人々の共感を呼び、自分は本気で彼の復讐のために自ら火に飛び込むことを選んだと人々に思い知らせた。

そして結局は最後の最後になってやっと、君は自分の本心を僅かではあるが吐露することにしたか。

よくぞここまで耐え忍べたものだ、ルビオ。

しかし残念だが、君がカラッチと同じタイプの人間であることはとっくのとうに知っていたよ。

君らはともに、この国がいつまでもファミリーに支配されていることを良しとしない人間だったな。

彼は火に入る虫の如く表舞台に姿を見せ、そして君は舞台の裏に隠れた。

なんせ三十年前にあったあの清算はちょうど私の主導で起こしたことだからな。彼のことを憶えていれば、自ずと君のことも憶えているさ。

君がこのタイミングで行動に移ったのは正直言って意外だったが、利用できるのであれば利用させてもらうよ。

君たち、分離工程はまだ終わっていないのかね?

もうすぐよ。

時間稼ぎやら小細工をしても意味はないぞ、忘れないでくれたまえ。

……私の同僚ら全員の命は今あなたに握られてるのよ、そんなことするはずがないでしょ。

あなたたちファミリー同士のいざこざなんて私は興味ないの、あなたは約束だけを守ってちょうだい。

口ではそう言っても、君の目つきと心臓の鼓動が私を道ずれしてやると言ってきてはいるがね。

……!

まあ落ち着きたまえ、その前に一つ君に訊ねたいことがある。

ファミリーのいないシラクーザが一体どういう場所なのか、君は想像がつくかね?
ダンブラウンは呆然と目の前に起こった出来事を見ていることしかできなかった。
彼は今まで何度も人を殺してきたし、死体も何度も見てきた。
だからとっくのとうに血の匂いは嗅ぎ慣れている。
だが今回は、何かが違っていた。

おいダンブラウン、なにそこでボーっと突っ立ってるんだ?

ドンがこれからベッローネやロッサーティのドンと会うことになっている、お前もはやく持ち場に戻れ!

……ドンが、何をするだって?

耳にクソでも詰まってるのか、ダンブラウン?

ドンがベッローネのモンともう一度会談をやるから、俺たちもさっさと準備に取り掛からなきゃならねえって言ってるんだ。

準備ってなにを?

んなもん考えるまでもないだろ?

ドンは誠心誠意ベッローネと手を組もうとしてたが、さっきのラジオは聞いただろ?向こうが明らかに俺たちを陥れにきやがった。

なこと、ドンが許すわけもないだろ。

ベッローネがあんな汚い手を打って出てきたのなら、こっちだってもう遠慮することはなくなった。

ドンの意志は明白だ。会議の際はドンの指示に従え、ベッローネは今日をもってシラクーザから姿を消すことになるんだ。

……
(回想)

なぜ彼らはみな暴力と闘争ではなく、金と権力ばかりを求めているのだね?

今ここでワシを殺そうとするのも、ある種の暴力の捌け口みたいなものなのかな?

君の後ろにいる人が権力を握ろうとするところを、ワシがこうして邪魔したからではなくて?
(回想終了)
ダンブラウンはふと、自分が不眠に悩まされていた理由をようやく知ることになった。
テキサスは自分が何に迷っているのかを分かっていた。
彼女はあまり考えることを好まない。だがそれは、考えざるを得なくなった場面と出くわした時、その時すでに考えは終えていたことを意味するのだ。
今回のシラクーザでの旅も、彼女は早々に予見できていた。
自分は武器を持たざるを得なくなるということも分かっていた。
だがしかし、自分が龍門でやってきたこと、それとクルビアやシラクーザでやってきたことは本質的に違いはないと彼女は考えている。
龍門で暮らしてきた自分は善人だったとは思っていないが、だからといってシラクーザやクルビアで過ごしてきた自分が悪人であったとも思ってはいない。
彼女は最初から最後まで、生と死の運び屋であったのだから。
シラクーザという国とも、いずれは面と向かい合わなければならないことも分かっていた。
だがこのことについてだけは、彼女はとっくに結論付いている。
まさに彼女がかつて祖父に投げかけた問いと同じだった。
「シラクーザ人の言う道義も、所詮は一般人の暮らしを踏みにじっているだけなんじゃないか?」と。
彼女はさらに、ジョバンナという旧識との再会も予見していた。
本気で予見していたのだ。
そのために、寝つけられない夜を何度迎えたことか。
だがしかしこれだけは、この国を変えようとする人と出くわすことだけは予見できなかった。
レオントゥッツォ――いちファミリーの若旦那。現代的な思想と思考を持ち、考え方はまだ幼稚ではあるが、粗暴な振る舞いは一度だって見せなかった。
ラヴィニア――スィニョーラ・シチリアの傀儡という立場にありながらも、正義を実現しようとする裁判官であり続けた。
カラッチ――面識はないが、各所からその人となりを窺い知れる建設部部長だった人物。
そして――
(発砲音)
以前の彼女は、自身につき纏ってくるすべてに終わりはないのだと思っていた。自分の力だけでは到底シラクーザを変えることはできないのだと、ここにあるすべては深くこの地に根差しているのだと。
そのため彼女は逃げることを選んだのだ。
だが此度ここへ再び戻った際、彼女は本気でこの国を変えようとする人たちと出会った。そしてその人たちは、一人また一人と傷を負わされ続けている。
それでもなお、私は逃げることを選ぶのだろうか?
(ファイリーのメンバーが扉を壊して部屋に入ってくる)

いたぞ、チェッリーニアはここだ!
(斬撃音と共に人が倒れる)
彼女の迷いは、すべて龍門に帰りたいという本物の気持ちに起因している。
だが同時に、この者たちの境遇を知って覚えた怒りの気持ちも本物であった。
今、この国を変えようとする善人が、国に強いられ、自らの命を絶つ方法でその吶喊を発した。
そこでテキサスは気付いたのだ――
生まれてこの方、これほど怒りを覚えたのは初めてだということに。

げっ、なんかどんどん人が増えてってる気がするんだけどー。

しかも何人かもうすでにアジトに入り込んじゃってるし。

いや~、ごめんねテキサス。でも悪く思わないでよね、これでもこっちは頑張ったんだからさ。
(テキサスがマフィアを斬り伏せながら現れる)

思うわけがないだろ。

おっ、やあバディー、ちゃんと休めたー?

まあな。

あれ、なんか怒ってる?

……そんなことも分かるのか?

当ったり前じゃん!そっちが今日アタシが何を食べたいかで気分が分かるのと一緒だよ。

だってこんなにも長い間バディーを組んでるんだし。

……エクシア、たった今、この国でいい人が一人死んだ。

アタシもそれ聞いたよ。

その人のために何かしてやりたい。

奇遇~、ちょうどこっちもそう思ってたんだよね。

ちょっとちょっと、ボクの聞き間違いじゃないよね、テキサス?

まさかここに残るつもり?

ップランド……

ここしばらく、私が龍門に帰れるよう“全力を尽くしてくれた”ことには感謝している。

だがもう決めたんだ。

この国には、あんな簡単に死を遂げるべきでない人たちがいる。その人たちが助けを求めているのであれば、手を差し伸べて然るべきだ。

でも、キミに何ができるのさ?

一部の人が思い描いた空想だけで、過去とは違う答えを選ぶつもりなのかい?

ああ、それだけ十分だ。

世の中にはな、そう難しく考える必要がないことだってあるのさ、ラップランド。

むしろお前……

いつまで縛り続けられているつもりでいるんだ?

……

なにそれ、ボクにお説教?

経験者からのアドバイスとでも思っていてくれ。

エクシア、私がこの包囲に穴を開ける、背中は任せたぞ。

あいよ!
(エクシアとテキサスが走り去る)

……

やっぱりキミはいつもボクの予想を裏切ってくれるね、テキサス。

クク……ヒヒ、ハハハ。
テキサスとエクシアにつられ、足音と叫び声は次第に遠ざかっていき、路地裏の小さな通りも徐々に静けさを取り戻していく。
そこにポツリと残されたのは、群れから外れた白いオオカミの、狭い通りに木霊する空虚な笑い声だけだった。
そしてしばらくして、彼女もようやっと笑い声を収める。
そして視線を、テキサスが消えていった方向にではなく、サルッツォファミリーが構えている場所の方角に向けたのであった。

おとう……さん……ひぐッ……

落ち着いた?

……うん。

ねえ裁判官さん、おとうさんはなんで、あんなことをしたの?

あんなことをするぐらいなら……ずっと地味な、食品安全部部長のままでいてほしかったのに……

……まだ分からないかもしれないけど、あなたのお父さんはとっても立派な人だったわ。

後で護衛を何人か呼んであげるから、このままこの部屋の中でジッとしているのよ、いい?

わ、わたしにも分かるよ。おとうさんがあんなことをした以上、これから街はめちゃくちゃなことになるって。

だから裁判官さんも、わたしと一緒にここで隠れていようよぉ。

……心配してくれてありがとう。でもごめんなさい、私にもやらなきゃならないことがあるから。
そう言ってラヴィニアは部屋を飛び出した。
あのヴォルシーニに響き渡った銃声により、曇雲はまるでそれに怯んだかのように幾分か隙間を見せ、太陽も久しく顔を覗かせてきた。
かつての彼女は、ベルナルドとの約束を唯一の支えとして捉えていた。
それでいてベルナルドがその約束に背いたその時ばかりは、彼女は何もかもが分からなくなっていたのである。
しかし、今の彼女はもう違う。
なぜなら彼女は孤軍奮闘していたわけではないと、ある人が教えてくれたからだ。
彼らの犠牲のほうが、彼女がしてきた抗いよりも殊更に壮烈でいる。
その者たちと比べても、私はなんて幸運だったのだろうか。
しかし彼女はそんな幸運を頼りに、我が身を局外に置くつもりなど毛頭なかったのである。

……

ルビオさん、あなたの犠牲は無駄にはしませんよ。
彼女は手中の法典を撫でながら、脳内でルビオの日記に記された幾つかの名前を思い起こす。
彼女はそれらを見たこと、あるいは聞いたことがあった。
これはルビオが彼女に残した最も手厚い遺産である。
そして彼女は――
(ラヴィニアの携帯が鳴る)

どちら様ですか?

ペンギン急便だ、宅配便サービスは必要か?

ドン・サルッツォ。

ベッローネが私と会談したいと聞いたからやってきてやったんだがな。

なんだ、呼んでおいてベルナルドは会うつもりすらないのか?

親父には親父なりの考えがあるんだ。

ただ今は、俺がベッローネファミリーの代表であることを知って頂ければそれでいい。

ほう?

つまり、お前なら私にそれなりの説明をしてくれるということか?

それとも、今の状況を対処するに足りる手はずがあるとでも?

俺が伝えたいのは――
(ダンブラウンが父通ってくる)

ダンブラウン?まだお前の出番にはなっていないぞ。

いいや、今がその出番ですぜ、ドン。
ダンブラウンは手にしている武器をアルベルトへ突きつけた。

ダンブラウン、武器を突きつけていい相手を間違っているんじゃないのか?

間違っちゃいないさ。

なあドン、それと各ファミリーのほかのドンたちも、今の自分たちの姿をよぉく見てみろよ。

あんたらはお高くここにふんぞり返って、偉そうにそれらしく政治とか、情勢とか、国とか未来について語り合っているがな――

実際のところはどうなんだ?あんたらはただ、自分らの利益にしか目が行っちゃいねえ。

なあドン、かつての俺たちは力をもってこの時代を手中に収めていたはずだろ。

なのになんで俺たちは、それを誇りに思っちゃいねえんだ?

今はもう昔とは違ったんだ。なぜそれが分からない、ダンブラウン?

時代を我々が求めるものに変える、それを我々はしているんだ。

それが分からねえんだよ。俺からしてみりゃ、俺たちはますます弱くてバカな存在になるつつある。

俺たちは自分らの本能を誇りに思うこともなく、かといって普通の人間のように、平和的なやり方で平和を求めることもできねえ。

このまま続けりゃ、俺たちは何になっちまうと思う?

何にもならんさ。

いいや、今の俺たちはもう群れを成すオオカミではなくなった。

今の俺たちは、もはや人の皮を被ったただのバケモンだ。

そんで俺たちを導くはずだった指導者たち。

あんたも。

そしてあんたも。

あんたらはみんな秩序を重んじることもなく、ただただ嘘っぱちみたいな存在に成り下がっちまっているんだぞ。

……

どうやら私は今までお前に優しくし過ぎたようだな、ダンブラウン。

ここはお前の講演台ではないんだぞ。
(斬撃音)
今の一瞬で何が起こったのか、誰にも分からなかった。
ほんの僅かに瞬きをした間に、アルベルトはダンブラウンの背後に回っていた。
その刹那の間に、ダンブラウンの首に一筋の血痕が現れた。
そんなダンブラウン本人は、自分の首を抑えつけながら、目を大きく見開き、声を発せられないでいる。
そして彼はゆっくりと、地面に倒れ伏した。
二度と、息をすることはないまま。

……

……仕方ない。こんなことになってしまった以上、私も率直に申し上げよう、レオントゥッツォ殿。

私はお前の父親に説得され、こっちとそっちの両家で力を合わせて、共にスィニョーラを打倒することにした。

だが今、そちらの行為には微塵もの誠意すら感じられない。

このアルベルトは賭けを好まないと、周りは知っちゃいるが、この私が賭けに出たら勝つまで絶対に手を引かないことは知られていないようだな。

そこでだ、レオントゥッツォ。

サルッツォの人形になるか、それともここで死ぬか。

十秒だけ選ぶ時間を与えてやろう。
そう言いながらアルベルトのポケットから取り出された古風な懐中時計は、チクタクとレオントゥッツォの命運を決する秒読みを始めた。
十。
(回想)

あなたは暴力を行使することができるけど、身に着けている教養と自制心でそれを抑えつけている。そして私は、それを抑え込んでるあなたに感謝しなければならないというわけですか。

……そういう意味じゃない。

私は別にあなたを責めているわけではありませんよ、レオン。

あなたは、なぜこの雨はこんなにも長く降り続けるのだろうかと、少しだけでも考えてくれました。それだけでも得難いものです。
九。

お前は今も無意識に、自分の傍にラヴィニアとカラッチを置いている。

だが忘れるな、お前とあの二人は違う人間だ。

分かっている。

分かっているのなら、お前がここに来るはずもないだろ。
八。
今までのレオントゥッツォは、彼らの言っていたことはすべて理解していたと思い込んでいた。
彼は真の意味で、ラヴィニアの盟友になれるわけがなかった。なぜなら彼は、あの父親の息子だからだ。
こんな出自を、自分から変えようとすることもできるはずがない。そのため彼は、自分はすでに最大限の努力をしてきたのだと、そう自分に言い聞かせてきた。
ここまでしてまだ足りないと言うのだろうか?
だがしかし――
七。

あんたらはみんな秩序を重んじることもなく、ただただ嘘っぱちみたいな存在に成り下がっちまっている。
(回想終了)
今になって、彼はようやく悟った。
これは足りる足りないといった問題ではない、彼は最初から前提を間違っていたのだ。
六。
俺たちは秩序を重んじることもなく、ただ偽りにまみれた存在に成り下がった。
ただただ、嘘偽りに塗り固められた存在に!!
五。
そうだ、そうだったのか。
なぜ俺はここに座っているのか。
なぜ今までずっと、ファミリーの力を借りて問題を解決することばかり考えていたんだ?
俺はもうとっくに答えは分かっていたはずだったのに。
ずっとずっと、自分の身分と立場を言い訳に、俺はこの答えに対して見て見ぬフリを貫いてきたんだ。
四。
俺が今までしてことすべては、単に粉飾された暴力に過ぎない。
暴力を駆使し続けている限り、秩序などが誕生するはずもないじゃないか。
三。

そろそろカウントダウンが終わってしまうぞ、レオントゥッツォ。

……

……俺の、答えは――
(外から物音が聞こえてくる)

なんだ!?

ドン、ふく、副中枢区画が何者かによって分離されました!

なんだとぉ!?

……!

親父、それがお前の切り札だったのか。

なら俺は――

ふんっ、甘ちゃんが。
(姿を消そうとするレオントゥッツオにアルベルトが追撃を掛ける)

……!
(ウォールラックが剣を弾く)

チッ、この老いぼれが、歳を食ってる割にいい反射神経をしてやがって。

ロッサーティだと?
(マフィアとディミトリーが姿を現す)

レオン、加勢しに来たぞ。

あんたは先に行ってくれ、ここは俺に任せろ。

……分かった。
(レオントゥッツォが走り去る)

そうかそうか、今のがベッローネの切り札ってヤツか……

だがよぉく考えておけよお前たち。本当にサルッツォと、このアルベルトと仇成すつもりか?

俺たちとあんたらが本気で仲良くなれるとでも思っていたのかよ?

利益なら私たちを結び付けてくれるはずだったさ、若造が。

だがまあ、お前たちみたいななんでもできると思い込んでる青二才どものことは嫌いじゃないぞ。

老いぼれどもはいつも自分たちならすべてを手中に収められると思っちゃいるが、いい加減時代に取り残されていることを自覚したほうがいいぞ。

言うじゃないか、ならお前たちがどこまでやってのけるのか見せてもらおう、若造どもが。

……
レオントゥッツォは分かっていた。いちファミリーのドンとして今の自分がすべきことは、ファミリーへ戻り、この混乱とした情勢の最中、最大限の利益を勝ち取るためにファミリーの指揮を執るべきなのだと。
しかし、ラヴィニアの理想を理解していると自惚れていた者として。生前のカラッチの傍で、彼がしてきたことを見届けてきた者として。いつまでも迷っていた者として。
彼は今、これまでにないといったぐらいに、自分のすべきことを明瞭に理解したのである。
彼はもはや、自分に嘘をつくことはできない。

すまない、ディミトリー。
そして彼はファミリーのもとへ駆けつけることはなかった。
自分の父親の居場所を知っていたがために。

やるべきことは全部やった。

しばらくすれば、ザーロのほうも気付くことだろう。

……ふむ、そろそろか。
(ベルナルドが飛んできた矢を弾く)

アンニェーゼの牙、ルナカブ。

お前のことをずっと待っていたぞ。

お前の傍はいつも人が多いからな、こっちは大人数をいっぺんに相手するのは得意じゃないんだ。

私を獲物にするか、賢い選択とは思えんな。

アンニェーゼが言ってた、お前が残りの牙の中で一番殺さなきゃならないヤツだって。

権力なんて下らないものを弄びながら勝とうとしているお前を。

実に狼の主らしい見解だ。

ところで、残りの牙たちがどこに行ったか知っているかね?

知らん。

一匹は今、ロドスという名の企業で暮らしている。

彼女ならこの前シラクーザへ戻ってきたばかりだ。

もう一匹は、最初から自分に勝ち目がないことを知って身を隠し、早々に教え子を送り出したヤツだ。

外を彷徨っているこの二匹のオオカミも今や、ここシラクーザへ戻ってきた。

それともう一匹、荒野に潜んでいるヤツが残っていてな。

だが心配ない、私がここに座っておけば彼女らの動向は手に取るように分かる。

それに私の権力がもう少しだけ大きければ、意のままに彼女らを見つけ出し、部下たちに命じて潰すことだってできる。

これがザーロの見つけた――権力というヤツだよ。

そんなもので勝ち取ったものが勝利なんて言えるのか?

彼ならそう思っているさ。

変なヤツだな。

それはこちらのセリフだ、アンニェーゼの牙。お前は別に私を殺すつもりでここに来たわけではないのだろ?

……私はちょっと気になっただけだ。

お前は悪いヤツとは思えない。それにお前が言ってるような、権力を手にしようとするヤツにも見えないからな。

ならお前から見て、私はどういう人間なのかな?

自ら求めた死に場所で、安らかに横たわろうとしている獣に見える。

……さっきのファミリーの連中、もう行ったか?

行った……と思う。

よかったぁ、ここでおっ始めるんじゃないかって思ったよ。

それよりこの死体……どうする?

俺は……触りたかないぞ。

なんだかこの人……可哀そうに思えてきちゃったわ。

彼のことなら私に任せてくれ。

えっと……どちら様ですか?

なに、この名も知れぬ者の友人だよ。

君は一つ大切なことに気付いてくれたね、親愛なる友よ。

秩序の名のもとに暴力を駆使する。

それがファミリーの本質さ。

だが、ほかにも私たちは認めなきゃならないことがあったんだ――

それはたとえ秩序が、ある種の粉飾されたものであっても、ある種の自我への戒めであったとしても。

私たちは、そんな自らの本能を切り離すことはできないのかもしれないということだ。

だが自らの内側から発せられた声と、自らの表面を着飾るものとして秩序を扱うことは根本的に違うものだ。

この国やこの街なら、君のことを忘れてしまうのかもしれない。

だが私はいつまでも君のことを覚えておこう、洗車屋のダンブラウン。

君はあのルビオと一緒に、ファミリーの変遷という名の偽りを暴いたのだから。